ナマケタイヨ日記

大学院博士課程中退でフラフラしてる。あまり働かず、頑張らずゆるく生きていきたい。野菜の自給を目指す。社会学や人類学などを参考に生き方について書いていきたい。韓国語できます(TOPIK6級)。ゆるく生きたい仲間が欲しいです!ブログ読んで関心もたれたかたは連絡下さい 連絡先 haruka.omae@gmail.com

遊動生活のススメ

1.定住化による暇と退屈

以前、國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学』(朝日出版社、2011年)のレビューを書いた。

 

それとも関連させて、今回は遊動生活のススメを書いてみる。

 

人類は人類は400万年前に誕生してから、長らく遊動生活をおくっていた

が、1万年前(縄文時代)より定住生活を始めると書いた。

 

 

遊動生活では、移動のたびに新しい環境になるので、毎日が刺激に富んでいる。

しかし、定住生活ではいつも同じ所にいるので、新しい刺激はなく、退屈を感じるようになる。

 

現代消費社会において、暇の中でいかに生きるべきか、退屈とどう向き合うべきかについて、資本につけこまれないような暇の潰し方が必要であると説いた。いや、暇さえも楽しんでしまえという趣旨だった。

 

 カネを使わない暇つぶしの方法を見出すことは、phaさんや大原扁理さんなども提言していたことである。

 

 

暇と退屈の倫理学 増補新版 (homo Viator)
 

 

 

2.定住に向かない人は遊動を

理論上は以上の通りなのだ。しかし、私みたいに暇つぶしが下手くそで、常に新しい刺激を求めてしまう、そういう落ち着きのない人間もいる。

 

そういう人間は、どう生きるべきか?

 

その一つとして、遊動生活を挙げてみたい。

 

ずっと同じところに住んで、同じ仕事を毎日やって、同じ面々と顔を合わす生活って、ウンザリしませんか?

 

現代社会では、一つの場所に定住し、学校や職場など一つの集団に属する。 しかし、集団のメンバーが長期に固定されると、そこには強者・弱者が生まれ権力関係が形成されるようになる。 学校や職場でのイジメなどが好例だ。

 

しかも、学校や企業などの集団は閉鎖的で内部が外からは見えにくく、いびつな人間関係がはびこりやすい。 どうしても風通しが悪くなってしまい、外部からは見えにくくなる。外部の監視が届かない集団で、メンバーが固定されると権力関係が生まれてイジメなどが発生する。

 

いびつな人間関係が形成されるのは、日本人が民主的な人間関係に無頓着だからであり、一朝一夕ではどうにもならない。

 

だから、一つの集団の同じメンバーといつづけることは危険なんだ。個人にできることは、集団から離れるくらいしかできない。いちいち、改革と言って人に説法をするのも面倒だろう。

 

人間関係はシャッフルしていく必要がある。

 

以上は、内藤朝雄『いじめの構造』(講談社現代新書、2009年)のいじめ研究から得た知識に基づく。

 

いろいろな集団を渡り歩いていく遊動生活は、権力関係に侵されにくい。 嫌な集団に属することになれば、身軽に離れられるのが遊動生活のメリットだ。

 

考えてみろよ。短期バイトばかりやってたらイジメなんて起こらないし、嫌になってもすぐ辞められる。

 

 

たびたび、場所を移動するのも刺激になり、常に新鮮な気持ちを持ち続けることができて楽しい。

 

 

 

いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)

いじめの構造―なぜ人が怪物になるのか (講談社現代新書)

 

 

3.遊動は本来あるべき姿

柄谷行人の『遊動論』(文春新書、2014年)によると、柳田国男も、定住化が権力関係を生み出したと書いていた。それ以前の遊動民の生活では富と権力の不平等や葛藤がないような社会が存在していたのではないかと書いてあった。

 

まだ、ちゃんと読んでないがな。笑

 

マーシャル・サーリンズ『石器時代の経済学』によると、ジャングルで遊動生活をおくる未開人なんて、食材確保と調理で4時間しか生きるために働いてない。あとの時間は昼寝だ。

 

ジャングルの中に食材は豊富にあり狩りをして肉も食べれる。未開人の生活は貧相だと思われがちだが、実は豊かな生活が存在していた。

 

その未開人たちに、先進的な生活と現金収入を勧めるために農場で働かせたところ、仕事をやめてジャングルに戻ってしまったらしい。

 

それほど、遊動生活は気楽だったらしい。

 

毎日、10時間も働いてカネはあってもしんどそうに生活している現代人はいったい何なんだい??

 

 

 

遊動論 柳田国男と山人 (文春新書)

遊動論 柳田国男と山人 (文春新書)

 

 

 

石器時代の経済学 (叢書・ウニベルシタス)

石器時代の経済学 (叢書・ウニベルシタス)

 

 

消費社会における暇と退屈。

いつもながら雑文で失礼します。

 

今回は、國分功一郎氏の『暇と退屈の倫理学』(朝日出版社、2011年)について。

 

人類はいつから暇を手に入れ、退屈するようになったのか?

現在社会では、暇と退屈が資本によって搾取される。資本主義における暇と退屈との付き合い方を考えてみた。

 

●暇と退屈の誕生

 

p.71-

退屈は、人類の歴史の中でも比較的新しい現象だという。退屈は多くの場合近代と結び付けられる。

 

人類は400万年前に誕生してから、長らく遊動生活をおくっていた。

 

ところが、1万年前(縄文時代)より定住生活を始める。定住生活の開始とともに退屈に襲われるようになる。

 

p.87-88

遊動生活では、移動のたびに新しい環境になるので、毎日が刺激に富んでいる。

しかし、定住生活ではいつも同じ所にいるので、新しい刺激はなく、退屈を感じるようになる。

 

そこで、大脳に適度な刺激をかけるべく、高度な工芸技術や政治経済システム、宗教体型や芸能などを発展させた。

 

縄文時代では、土器には使用するのに必要ないにも関わらず複雑な装飾が施されていたり、数々の工芸品がつくられた。

 

こうして、定住化による退屈の発生は「文明」を生じさせた。

 

●消費社会における暇と退屈

 

さて、資本主義が発達した社会において、人々の暇は新たな問題に直面するようになった。

 

マルクスの『資本論』に出てくるような時代には、人々は1日の大半を過酷な労働に費やされ暇や退屈はなかった。

 

p.23

長時間労働は依然深刻だが、先進国の人々は裕福になるとともに余暇を手に入れるようになった。

 

だが、暇を得た人々は、その暇をどう使ってよいのか分からないという問題が生じる。

 

 

 

p.34-38

パスカルの退屈論によると、人々は部屋でじっとしていられないから、退屈しのぎとして気晴らしを求めるという。

 

ウサギ狩りをする者は、ウサギを欲しているだけではなく、狩りをして退屈をしのぎたいのだ。

 

賭け事をしている人に金を渡しても、賭け事をやめないのと同じである。

 

p.17

ガルブレイスの『ゆたかな社会』(1958)によると、現代人は暇な時間の中で、自分が何をしたいのか分からない。そこで、広告屋などに「これが欲しいんでしょう?この趣味がいいですよ」と言われて始めて、それらのモノやサービスが欲しくなるのだという。

 

それまでの経済学の定説とは逆に、「ゆたかな社会」では、人々の需要は、供給側に操作されるのだ。

 

p.23

人々の暇と退屈に、資本主義がつけ込むのだ。文化産業が産業に都合のよい楽しみを人々に提供する。

 

人々は暇の中で、退屈することを嫌う。だから、広告などに楽しみを提示されると、それを購買してしまう。

 

p.142

これからわかることは、消費社会は退屈と強く結びついていることだ。

 

p.145

ボードリヤールによると、現代社会において我々は物に付与された観念や意味を消費している。

 

例えば、どこかの有名なレストランで料理を食べた時、そこで提供された料理を味合うとともに、「有名なレストランに行った」ということで満足を得ているのだ。

 

このような、いわば記号の消費には限界がない。いくら消費しても満足がえられず、消費を続けてしまう。それでは、資本の思うがままになってしまう。

 

●暇と退屈の扱い方

 

現代消費社会において、暇の中でいかに生きるべきか、退屈とどう向き合うべきか?

 

 

資本は退屈につけ込んでくる。資本のとりことならない楽しみ方が必要である。つまり、何でもモノやサービスを買って満足を得たり、退屈しのぎをしないことである。観念の消費なんて終わりがない。

 

知人と、これについて少し話をしたが以下のような楽しみ方がいいのではないかという話が出た。

 

・読書をする

・芸術活動に打ち込む

・仲間とだべって時間を過ごす

・散歩をする

 

カネを使わず素朴にできることを大切にしていきたい。これは、phaさんや大原扁理さんなども提言していることである。

 

國分功一郎氏が、どこかのブログ記事で語っていたのは「暇な時間をぼんやりと過ごす」ことの大切さである。

 

氏の近著『中動態の世界』の紹介でも書かれていたが、「暇な時間をぼんやり過ごす」ことは、依存症や精神病の人にとっても重要なことだ。

 

なぜなら、依存症の人は、暇な時間に耐えられず、手持ち無沙汰で依存物に手を出してしまうのだから。

 

暇な時間や退屈を、何もせずに耐える力も必要かもしれない。

 

私みたいな落ち着きがなく、じっとしているのが苦手な人間にとっては難しい。だから苦しんでいる。笑

実務的な勉強は身に入らぬ

現在、職業訓練に通っている。

 

職業訓練のパソコンスキルの勉強は関心が無いのでやっても頭に入ってこない。けっこう勉強したつもりがテストの成績も悪かった。

 

職業訓練校の受講生の中で、一番学歴が高いが、一番成績が悪い。泣ける。

 

やっぱり、仕事のための勉強=有用性のある勉強は好きになれない。ただ、金稼ぎのスキルをつけるための実務的な勉強はしんどいだけだ。

 

 

バタイユは、生産活動が非生産活動よりも優位にあることを批判した。有用性のない非生産活動こそが人間が生の満足を得られるものだ。

 

 

「人間の生の真の目的が非生産的な消費(祭典、豪奢な大建造物、遊戯、見世物、芸術etc…)にあるにもかかわらず、近代の西欧社会は生産と蓄積という人間の生にとっては手段の地位にある活動ばかりを重視してきた。消費が肯定されてもその消費は生産に貢献する消費でしかなかった」

酒井健バタイユ入門』ちくま新書、p.104)

 

人間の真の目的である非生産的なことこそ真の喜びが得られる。

内面からあふれだす、純粋な知的好奇心からの勉強がしたい。

モテる人になりたい!

宮台真司の『きみがモテれば、社会は変わる』は、今の閉塞する日本社会にはどういう人が必要であり、どういう人がモテてほしいかを書いた本である。

 

今の日本社会では、ひとたび職を失いカネを失うと、人との縁が切れ、孤立してしまう。

 

カネの切れ目が縁の切れ目。

 

男は会社での人間関係に偏重し、地域コミュニティーとの関わりが無いので、職を失うとたちまち人間関係が無くなり孤立してしまう。また、離婚して一人になると待っているのは孤独死である。

 

なぜそうなるか?

 

まずは、打算的につながるだけの人間関係があるだろう。

 

もう一つは、単に学校や会社が同じだということでの繋がりが多いためだ。

 

つまり、人と人とが真の親密さによって繋がっていないのだ。場所の共有がなくなると、それだけで縁が切れてしまうもろい関係。

 

宮台真司によると、アリストテレスは、本当に良い社会とは、経済的に豊かな社会でも犯罪が少ない社会ではなく、徳のある人があふれる社会だといった。

 

カネの切れ目が縁の切れ目という社会が変わるためには、徳をもった人間が増える必要があるという。損得だけで動くあさましい人間はいらない。他人の痛みを理解し、他人に共感する有徳=内発的な振る舞いができる人間が必要だと。

 

他人に共感できる人は、尊敬・尊重を集め、周囲に感染的な模倣(ミメーシス)を与えるという。 そのようにして、多くの人が徳ある行動をするようになった社会が、よい社会。

 

他人を思いやり、共感できる人が増えれば、人の縁がそう簡単に切れない強靭な社会ができると思う。

 

人から理解され、肯定され、承認されるという感情的な安全は、自分にとって、そして相手にとって「生命の安全」さえ保障するという。

 

人が幸福に生きられる社会には必ずそうした<包摂>があるという。

 

他人を幸せにすることで、自分も幸せになる、そういう関係を築いていけるのか?

 

 

モテる人間が増えなければならない。

 

俺もモテる人間になりたい。

 

 

 

きみがモテれば、社会は変わる。 (よりみちパン!セ)

きみがモテれば、社会は変わる。 (よりみちパン!セ)

 

 

働きたくても働けない社会

 若年無業者についての本を読んだ。

 

www.amazon.co.jp

 

 

 この本では、職に就かない者を無業者と呼んでいる。ニートと異なるのは、何らかの職業訓練などを受けている者も無業者に含めているからである。

 

 若年無業者の数は200万人を超え、15〜39歳の若者の16人に1人の割合となっている。

 

 この本では、働いていない若者は働きたくないから無職状態にあるのではなく、「働きたいのに働けない」、つまり働けない状況に若者が追い込まれていると指摘する。

 

 正社員では、パワハラ長時間労働などが横行し心身を壊し仕事を辞める若者。さらに、そういった経験がトラウマとなり就業意欲を失って無職状態を長引かせてしまう者。

 

 人とのコミュニケーションが苦手であったり、HSP(神経が繊細であり、他人からちょっと怒られただけでも萎縮してしまう人)であったりするため、仕事がしにくい人たちもいる。また、そのような性格の者で、仕事をすることに対して一歩前に踏み出せずにいる人たちもいる。

 

 この本では、誰もが無業状態になりうる可能性があり、無業状態から抜け出しにくい社会を「無業社会」と呼ぶ(p.148)。

 

 日本社会では、一度、無業状態になってしまうと、人間関係や社会関係資本、意欲も失ってしまいがちなのである(p.25)。

 

 湯浅誠氏が「すべり台社会」と言うように、いったん「正規ルート」から外れてしまうと、すべり台に乗るように、そこから先、下げ止まらない。

 

 ニートなど就労意欲がない若者が話題となっているが、本当に働きたくないと思っている若者は少ないのではないか。

 

 私がオフ会で会った無職の男性(25歳)は、アニメーターとして働いていたが、仕事の覚えが悪かったりして、上司から「冗談抜きで、知的障害ではないか?」と言われ辞職に追い込まれた。彼は働く自信を失っていた。現在は就労支援施設に通う。

 

 私が「仕事はしたいんですか」と問いかけると、「仕事をしたい。仕事をしていることで社会と繋がっている感覚をもてるから」と語った。

 

 私もできることなら働いて金を稼ぎたいと思っているが、条件の合った求人に出会えないことや、仕事がキツくて尻込みしてしまうのだ。

 

 

 皆が働ける社会になるには、無業状態にある若者が働く自信をつけるだけでは不十分で、労働環境が働きやすいものへと変わる必要もあると考える。

 

 労働教の支配する日本社会での仕事は容易ではない。日本では仕事をするためのハードルが高い。仕事を少しのミス無く完璧にこなすことを求められる。それで、仕事が少しでもできない者は助けられるどころか、攻撃されひどい扱いを受ける。

 

 少々のミスが大目に見られて、社員がお互いにフォローしあう助け合いの労働環境となれば、どれだけ働きやすくなることか。 仕事の難易度が下がり、ひどい扱いを受けることが減れば皆が働きやすくなり無業者も減ることだろう。

 

 働きたい者が、自分に適した働く場所を見つけられて、適切なフォローを受けながら働くことができれば、人々から社会不満も消え健全な社会になっていくと考える。

アルコール依存症からの回復

アルコール依存症とは

 アルコール依存症は、自分で飲酒の量をコントロールすることができず、酒を飲み続けてしまう病気である。

 「いつも飲みすぎるから今日は一杯でやめておこう」と誓って酒を飲み始めるも、一杯では止まらない。 二杯、三杯と続き、ずるずると飲み続けてしまう。 ほどよい酒の量で切り上げることができず、必ず大量に飲みすぎてしまう。

 

 アルコール依存症者は、アルコールに対して脳の報酬系回路(心地よいと感じる機制)が過剰に反応してしまい、快感を得たいがためにアルコールの摂取が止められない。 つまり、アルコール依存症とは脳機能の障害といえる。アルコールに対してコントロールを失った脳は、もとには戻らない。

 

 アルコール依存症を治すには、酒を控える節酒は不可能なので、酒を完全に止めるしか方法はない。 そのため、アルコール依存症の治療は断酒を続けるために必要な処置を施すことだといえる。

 

●病院通院と断酒会

 私の病院では、まず3ヶ月間、月曜から土曜まで毎日通院する。病院では医者の診察に加え、午前と午後にプログラムがあり、15時頃に全て終わる。

 

 病院で以下のようなプログラムに参加してアルコール依存症についての知識や病気への対処法を学んでいく。

 

アルコール依存症についてテキストで勉強。

・健康教室(アルコールによる健康問題についての講義)。

・体験談発表。

認知行動療法(自分を苦しくする思考パターンを解明し、楽に生きれる考え方を身につける)。

 

 また、断酒会なる自助グループに何度も行った。アルコール依存症の人たちが断酒を続けるための集会である。 断酒会では、酒にまつわる体験談を一人ずつ話していく。

病院や断酒会ではいろいろなアルコール依存症者に出会った。

 

 

・会社に行くふりをして、電車の中で酒を飲み、始点と終点を何往復もして一日を過ごしていた人。

阪神大震災で家が倒壊し、毎晩町に泥棒がやってきて人間不信に陥りアルコール依存症になった人

アルコール依存症になり家を追い出されてホームレスとなり、ホームレスになっても酒が辞められず、酒の万引きを繰り返し捕まった人。

・子供の頃から引きこもりになり、アルコール依存症に陥った人。その人はずっと「普通の人生を歩みたかった。なぜ自分はみんながやってる普通のことができないんだ」と言っていた。

・30歳の画家の青年で、家族にバレないように酒を口から飲むのではなく注射針で肛門に刺してアルコールを摂取していた人。

 

 アルコール依存症になれば、失うのは健康だけでない。人間関係、社会的地位、財産といった人間の尊厳に必要なものをすべて失ってしまう。

 

 その悪循環を止めるには、酒を断ち人生を再構築するしかない。

 

 しかし、断酒が続く人は少なく、病院で治療を受けても1年後の断酒率は30%を切る。 酒を飲み続ける人は、そう長くは生きれない。自殺する者もいる。アルコール依存症者の寿命は52歳だとも言われる。

 

●断酒後の回復

 私はこの4月10日で断酒3年となる。 私が断酒できている理由はなんだろうか。

 

 それは、無理をせず肩の力を抜いて、頑張らない生き方を実践するようになったからだろう。

 

 アルコール依存症に陥る人は、マジメな人が多くて、みんなついつい頑張ってしまう。頑張って無理をするが苦しくなってアルコールに溺れるというパターンだ。 ストレスをためないように、無理をせず、頑張るのはほどほどにする。

 

 完璧主義の人は、完璧でない曖昧でグレーな生き方を認められるようになるのがいい。

 

 さらに、ありのまま等身大の自分で生きるようになったのも断酒を継続できている理由だろう。

 

 他人との比較をやめる。他人からの評価を気にしないで、自分のやりたいように生きていくことだ。

 

 他人からどう思われるかを気にして、他人から評価されるように振る舞うのは、もはや自分の人生が他人に支配されていることと同じだ。

 

 他人から評価を得ようと、周りにいい自分を見せようと振る舞うのは自分の意思と反することもありストレスの溜まることだ。 他人からどう思われようが、自分の人生は自分でつくっていく。そういう姿勢なら自分のやりたいように生きていけて楽である。

 

 酒を辞めるといろいろ良いことがある。

 

・酒による無駄な出費がなくなる。

・二日酔いなどの体調の悪さがなくなる。

・酒を飲んでいることによる罪悪感がなくなる。

・突然キレることがなくなり、感情が穏やかになる。

 

 しかし、いいことばかりではない。人間は生きていく中で様々な問題を経験し、それらを乗り越えていかなければいけない。

 

 断酒後はシラフの状態で様々な問題を対処しなければいけない。酒に逃げることは許されないのだ。

 

 酒を飲まずに生きていくには、様々な問題をしなやかに柳の木のごとく対処する能力が求められるだろう。それが、難しいことでもあるのだが。

 

 

アルコールで困っている人などいましたら相談に乗ります。メッセージなど下さい。

大学院のドロップアウト

2012年、大学院修士課程を終えて、博士課程に進学した。

 

研究を続けて韓国に関わっていきたいという気持ちがあったが、実際は就活の失敗によるモラトリアムの延長であった。

 

こういう動機で博士課程に行ったらホントに人生は詰む(修士ならよいが)。

 

博士過程では最終的に博士論文を書かなくてはいけないが、博士課程入学時点では論文の見通しなんて全く立っていなかった。なにせモラトリアムの延長なんだから。

 

博士課程に進学する人は、進学時に博士論文の内容についておぼろげながらも構想をもっているものだが、私はそういった基本も全くできていなかった。

 

博士課程の最初の2年間は奇跡的に順調だった。

査読付き論文も一本書いた。学会発表も何度かこなした。韓国政府の給付奨学金にも毎年受かった(毎年100万円ほどもらっていた)。

 

しかし、博士課程の間もアルコール依存症は進んでいった。

博士課程に入ると授業がなくなるので、大学に行かなくてもよくなる。自分で勝手に研究を進める感じなので、自分で自分を律しなければいけない。

 

私は自分のことを全く律することができないだらしない人間なので、生活は乱れに乱れた。

 

夜中は遅くまで酒を飲み、朝は二日酔い、昼から大学に行ってフラフラの頭で研究をするという感じである。

 

 

研究がしんどいので、現実逃避ばかりしていた。父が借りている畑にしょっちゅう行って酒を飲みながら農作業をしていた。

 

また、大学に行く前はストレスから家で焼酎を一杯飲んでからじゃないと大学に出発できない状態になっていた。

 

こんな状態で文献なんてろくに読める訳がない。そして、将来の不安からか研究も集中できずにいた。

 

 

研究発表の内容もその場しのぎのものだった。まったく勉強不足。

 

博士課程を2年やっても全く博士論文の構想を描けなかった。文献を読んでも博士論文をどういう内容にしたらいいのか全くわからない。博士論文の構想ができていなきことに対して教授からも厳しく言われた。

 

次第に研究で何をすればいいのかわからなくなってしまった。研究するネタが無くなり何を書いていいのか途方に暮れてしまった。

 

やがて、パソコンの前に座っても何も書けなくなってしまった。不安が強くなり集中力が無くなって、本を読むことさえできなくなってしまった。

 

どうしようもなくなった。

 

何もできなく不安でしんどいあまり、昼から酒を飲むようになった。

 

完全に堕ちてしまった。

 

このままではいけないと思い、心療内科に通ったが体調は良くならなかった。

 

酒も止まらず、私はネットで調べて、自分がアルコール依存症であると認めるに至る。

 

それで、アルコール専門病院に行くことにした。

 

 病院に行きアルコール依存症の診断が降り断酒生活がスタートした。同時に躁うつ病も患っていることを指摘された。2014年の4月であった。

 

 

酒は辞めたが、全く研究には手が付かない。いくら文献を読んでも研究は進まないままであった。

 

大学院には在籍していたが、ほぼ休んでいる状態にあった。

この状態を2年続けたが、結局もう研究を続けることができないと判断して博士課程4年目で中退することにした。

 

大学院はアルコール依存症に苦しむなどしんどかったが、いい出会いや経験もあり、今から思えば充実した日々だったと言えるかもしれない。

 

 

大学院での失敗は以下に尽きる。

 

大学院に入る前に早く研究テーマを決めて安心したかったという思いから、研究テーマを安易に決めてしまったこと。

 

難しい文献などを読む能力が無く、じっくり腰を据えて研究に向かう集中力が無いにも関わらず、研究職に進むのは明らかにミスであった。