生きるための思想

大学院博士課程を中退してフラフラ生きてる31歳の男です。社会学などの知見をもとに市場経済至上主義を批判して、生きづらさをテーマに記事を書きます(低所得、精神障害、非モテなどの弱者問題)。もともとは韓国で農村移住者を研究してた。金のかからない歩き野宿旅をしている(有料記事ノート https://note.mu/guide)。ツイッターで思う所をつぶやいてる。

韓国の国際結婚問題

韓国の農村では結婚相手が見つからない農家の独身男性が、海外の女性を嫁に迎えることが盛んにおこなわれている。

 

私の視察した村落では90年代初期は統一教会の女性、中国朝鮮族の女性であった。

近年は、ベトナム人やフィリピン人が多い。

 

移住女性の学歴は日本人は早稲田卒など高学歴の人もいた(統一教会)。

ベトナム人は中学卒。工場労働者。

フィリピン人の場合は短期大学(2年制)卒業の女性が多い。

結婚情報会社の仲介で来る。

 

統一教会信者(支援者インタビュー)

 

統一教を深く信じている。韓国の社会的弱者男性のもとに婚入をして歴史のマイナス部分が帳消しになるという考え。

信仰が厚いので困難に耐えて生きている。日本にいたらいい生活ができていたのに。現在は40代後半。夫は生活能力がないので女性が稼ぐ。3年ほど職業訓練を受ける。人形や財布などの作り方。ミシンの技術なども学び販売する。放課後の日本語の講師をしたり。韓国語が上手な人はセンターで多文化講師をしている。学力がある人は、保育教師、社会福祉師など勉強してなる人もいる。

 

自治体の職員に聞くところによると、移住者の中でも日本人が適応力が高いという。

 

日本人と結婚するためには、他の途上国の女性より仲介料が高い。男性の資格申請の条件が厳しい。ベトナム女性の場合は、財産および通帳残高が3,000万ウォン(300万円)程度あればいい。日本人の場合は5,000万ウォン。

 

◯農村人口への影響

 

2011年に当村落を訪問した際は、小学校の生徒59人中、国際結婚家族(フィリピン、ベトナム、中国朝鮮族、タイなど)の子女は12人も占めていた。

 

◯婚活ツアー

自治体が募集して独身男性を10人ほど連れてベトナムに行く。1人あたり400万ウォン程度の支援をする。ツアー自体は1,000万ウォンかかる600万ウォンが自己負担。2泊3日の日程で、その日のうちに女性を選んで結婚することを決める(顔を見てか、条件を見てかどうかは確かではないが)。男性がまず先に帰って来て、女性は自国での手続きを済ませてから韓国にやってくる。家計が苦しい家庭の女性が40〜50%

 

 ◯働き口

 

農家が稼ぐ収入を女性に与える家はほとんどない。だから、女性たちが自由につかえる現金収入を得ようと工場で働くようになる。農作業をせず、韓国語の勉強もせず、工場で働こうとする(キムチ工場、軍手工場など農工団地がある)。

 

工場で1日12時間働いて1ヶ月に200万ウォン(20万円)稼ぐ。韓国人より移住女性が給料20%ほど安い。工場の他は食堂(10:00〜18:00、朝に農作業を終わらせてから)。工場は拘束時間が長いので、子どもが幼かったり、農作業をかねて勤務することは難しい。その他は、農家での農作業をして日当を得る(一日40,000ウォン)。

 

 2年目になれば韓国語は勉強しなくなる。子どもの面倒や教育、韓国語の勉強には目を向けなくなる。

 

支援者は5年くらいは韓国語を勉強して能力を高め生活水準を高めるようアドバイスしているが、なかなか工場労働をやめないという。フィリピンの女性は英語ができるため、韓国ではメリットが有る。

 

◯家族との関係

 

夫から暴力を受けるケースをよく聞く。家から逃げ出す女性もいるそうだ。姑との関係もよくないケースが多い。姑は外国人女性を嫁とは見ずに金を払って連れてきた使用人のような存在と見ている。姑は家事などを昔風に洗濯は冬で水が冷たくても手洗いでやることを習慣として嫁に強制する。文明的な用具を用いることは贅沢だと考えているよう。

 

また、田舎に馴染むのためにも男性に尽くさなければいけない。家に夫の友人が訪ねてきたら酒をふるまいツマミも用意する。そうやって地域の住民と親しくなるという。

 

国籍も変えて韓国式の名前に変えた者もいる。外国の国籍だと車の保険料などが高くなる。だから韓国籍に変えようという。

 

しかし、夫が国籍を変えさせないようにする。国籍を韓国に変えると逃げていくかもしれないという恐れ。だが、支援者は、「国籍をそのままにしようが逃げる時は逃げてしまう」という。

 

◯血の継続

 

農村独身男性に対して海外女性をあてがうのは80年代の新潟県魚沼市など)の稲作地帯でも見られた。家の存続が目的だろう。韓国でも独身男性の母親が「結婚しろ」と迫るようだ。年配の世代が強固な結婚観をもっている。結婚しなくてもいいという観念が浸透すれば人身売買的な国際結婚もなくなるだろう。

 

川柳①(旅、ニート)

川柳を書いてみました。現代の芭蕉と名のれるよう研鑽します!!

 

 

(野宿旅編)

①寝転べる ベンチがあれば 即昼寝

寝転べない ベンチの手すりは 撤去せよ

③足のマメ 踏めば踏むほど 硬くなる

④野宿旅 出費の半分 コカコーラ

⑤歩き旅 たまには車も 使いたい

⑥街でごろ寝 猫はよくても 人はダメ?

⑦歩き旅 コーラ依存じゃ 太ります

⑧買い物後 今日の寝床は イオンです

⑨最強の 無料の場所は イオンです

⑩見ないふり 黙って通る 警備員

⑪バトルせず 歩くだけでも ライフ減る

⑫とりあえず 100km歩けば 褒められる

⑬駅野宿 東日本は 厳しいね

⑭立ち退けと 言うだけでなく 寝床くれ

⑮田舎では 鐘が鳴るなり サイレン音

⑯夏の夜 野宿の邪魔だ 蚊とヤンキー

⑰公衆トイレ 洗濯水浴び いこいの場

⑱金使わん 貧乏旅行は 映えません

⑲鉄道駅 パンツ干したら 捕まるよ

⑳携帯食 昔は乾飯(かれいい) 今カップ

 

 

ニート・労働)

①一日の 多くの時間は 寝ています

②この浮き世 生きてるだけで 労働だ

③貧育貧 貧しいものは より細る

④はっきり言う 働かなくても 飯はうまい

⑤根気がない 何でも途中で 飽きてしまう

⑥働かない ニートと仙人 紙一重

⑦資本家に 吸い取られるよ 剰余価値

⑧働けど ギリギリでしか 生けません

⑨最賃は 生活できる 額じゃない

 

(恋愛・人生など)

①恋愛は 放置してたら 破綻する

②常識ない そう言う人ほど 常識人

 

北朝鮮国境ぶらり旅(中国側から)

昔の旅行のことも書いていきたいと思います。

 

大学生だった頃、2008年8月30〜9月7日まで中国側から北朝鮮の国境付近をぶらぶら旅しました。当時は韓国語が上級だったので、中国東北地方の朝鮮族自治区を探索してみようと考えました。

 

 

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毛沢東像)

 

白頭山の天池は有名なので日本語での情報はある(「地球の歩き方」など)。丹東市や集安市など中朝国境で観光地化されている所も情報はある。しかし、観光地化されていない中朝国境の姿も見たくて、情報が無い地域まで鉄道やバスで移動して旅をした。

 

そして、いつの間にか外国人立ち入り禁止区域でブラブラして、外国人宿泊禁止の宿に泊まっていたらしく、地方で宿に泊まっていたら軍人が数人部屋に入ってきてパスポートを取り上げられ、2時間ほど軟禁された。中国の未知の領域での旅であった。10年ほど経過しているので状況は少々変わっていると思う。

 

行程は、

 

大連市→丹東市→集安市→通化市→二道白河→白頭山→臨江市(外国人立入禁止区域)→大連市

 

◯食事

食堂に入り10元(150円)ぐらいで腹いっぱい食べれた。生ものには注意。

 

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◯宿

飯店などと書かれたのが宿。外国人が泊まれる宿と宿泊禁止の宿がある。普通の安ホテルで一泊100元(1500円)くらい。一泊8元(120円)の宿を見つけたが明らかに国内人専用であろう(出稼ぎや行商人が泊まる)。宿泊を断られる宿もあった。なお、泊まった宿で最安値は地方の宿(臨江市)で30元(450円)だった。地方やドヤ街的な場所なら安宿に泊まれるかも。安いとトイレ・シャワー共用の所も多く、大学の寮みたいである。

 

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 (都市部で小部屋で一泊1500円くらい)

 

◯トイレ 

汚い。公衆トイレは、いわゆるニイハオ・トイレがたくさん(部屋の中に溝があり、そこに排泄物を出す。仕切りとかがない)。10年で状況は変わったか?

 

◯旅の様子

関空→大連

 

大連市には、大学に日本語研修の留学できていた元留学生の友だちが住んでいたので、その人を頼りに飛んだ。大連は大都市で夜もにぎやか。中心街は家電製品などを扱うショッピングセンターが多かった。

 

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●中朝国境の町

 

大連からバスにて中朝国境の都市丹東市に移動。国境である鴨緑江には中朝友誼橋がかかる(長さ約1kmの二本の橋があり、そのうち一本は朝鮮戦争時に米軍機に空爆されて以降修復されていない)。

 

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中朝国境には日帝時代に日本によって造られた橋がまだ使われている(北朝鮮側に橋を新設する資金がないためとも言われる)。しかし、朝鮮戦争時に米軍に破壊され修復されないまま残っている橋もある。

 

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(集安市の田園地帯にかかった国境連絡橋)

 

丹東から列車に乗り集安市へ。

 

集安は田舎であり田園地帯が広がっている。中国の東北部は「中国の食料基地」と言われるほどで、トウモロコシなどの穀物の畑が広がっている。

 

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 鴨緑江の川幅が狭くなり間近に北朝鮮が見える。

 

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時折、北朝鮮行きの列車も見かける。

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対岸の山肌には「偉大な首領金日成同志の遺訓を徹底しして貫徹しよう」と書いてある。

 

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国境の川沿いには所々に監視カメラが置いてある。

 

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この日は、朝鮮族のタクシーの運転手のおっちゃんに韓国語で案内してもらった。親戚が北朝鮮に住んでいるが、食料が少なく嗜好品などが手に入りにくいという。誕生日でもケーキが手に入らないので豆腐で祝うほどだと言う話を聞いた。

 

次の日は通化市という地方都心に移動。中国の地方都市にはまだゴチャゴチャした市場が残っていた。

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たまに町を歩いていると耳が裂けるような爆発音がして、あたりが煙だらけになることがある。テロかと思うが、結婚式で爆竹を鳴らしている。けたたましい結婚式である。

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鉄道に乗り、白頭山の近くの白河駅に向かう。

駅近くの朝鮮料理の食堂で犬肉のスープを食べた。

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次の日は現地のツアーに参加して国境の白頭山(中国では「長白山」と呼ぶ)の天池へ(宿で手配)。森林公園などを回った後、天池に至る。山の麓で山頂行きの観光タクシーに乗り換える。

 

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白頭山朝鮮半島の最高峰であり、朝鮮民族にとって富士山みたいな存在である。山頂の火山湖である天池から金日成が誕生したという神話もある。

 

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国境の町なので、朝鮮族の食堂も多い。なおこのへんで食べて腹を壊した。付け合せのキムチのせいであろう。中国の地方では生ものは食べないほうがいい。

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次の日は、白河駅からバスに乗り臨江市という場所に向かう。案内には朝鮮語表記もある。

 

● 何も情報がない地域へ

 

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対岸の北朝鮮の川沿いでは、川で遊ぶ子どもたちの姿が見えた。

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川沿いの看板に「越境者の収容、(食料・宿の)供給を禁止」と書いてある。

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市内から少し歩くと川沿いは畑となっている。国境をまたがる鉄道橋が見える。

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臨江駅は利用客が少ないのに巨大で立派。中国の鉄道駅は地方でも巨大である。

 

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市内はトゥクトゥク自転車タクシーがあふれる。まるで、東南アジアの町のよう。

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市場で食べた。

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中国に行くと白酒(アルコール40度くらい)を飲んでいた。胃が焼けるように燃え上がりすぐ酔っ払う。今はアル中のため酒は飲めない。

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中国のケーキは毒々しい。

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中国の地方都市に行くと毎晩広場で市民による踊りがおこなわれている。毎日祭りのようだ(若者からは「ダサい」と不評のようだ)。

 

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●軍人の取り締まりに遭う

 

なお、この臨江の宿で30元(450円)のところに泊まった。この地区は外国人立ち入り禁止区域なのか、あるいは宿が外国人宿泊禁止なのか、部屋で酒飲みながらくつろいでいたらドアがノックされ、開けたら軍人が数人入ってきた。

 

銃をもった軍人に取り囲まれるなんて初めての経験だから、どうすればよいのかわからなかった。

パスポートを取り上げられて軍人同士話し合っていた。

 

ここで、あろうことか私は「トイレ行っていい?」と軍人に尋ねて、なんとOKをもらった。

 

緊張してたが、トイレを我慢できなかった。トイレに行ってシャワーも浴びてきた。緊迫した状況なのに空気が読めてない。

 

帰ってから軍人が紙に何か書いて見せてきた。「admit」と書いてあったと記憶している。この地区に来る許可証とかを持っているのか?という意味だろう。「無い」と返事して、いろいろ聞かれたが、結局わけのわからないまま軍人は部屋から出ていった。脱北者ではなく日本人だとわかったのか帰ったのか分からない。

 

一連の取り調べが終わって、宿のおばちゃんが「大丈夫か」みたいに声をかけてくれた。大丈夫だが、中国ではよく分からない地域でブラブラするのは厳しいなと感じた。

 

中国の外国人立ち入り区域は公開されてないからよく分からない(以下、黒色中国さんの記事)。

 

bci.hatenablog.com

 

結局、地域が立入禁止なのか、宿が外国人宿泊禁止なのかよくわからないまま(両方の可能性)、ことが解決した。けっこう適当だ。でも、スパイ容疑で逮捕されることもあるので、面倒くさいこともあるかもしれない。

 

さて、国境をブラブラして、大連に戻り街で遊んで、次の朝に出国。朝の市場で小籠包が6元で食べれる。中国は安くてたくさん食べれる。都会で1000円くらいの宿に泊まって町中をブラブラするのはおすすめである。

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ポルカ(投げ銭)で湖西歩き旅

今回は、ポルカ投げ銭アプリ)で支援してもらった旅費で2泊3日の歩き旅をした。

 

京都−敦賀(小浜にも寄り道する予定だった)の歩き旅を宣伝し、旅行資金を募った。

 

polca.jp

 

当初、ツイッターの友人と福井県敦賀で会う約束をして、そこまで歩く予定だった。その歩き野宿の旅を「いいね」と思った人から支援してもらい歩こうと考えた。

 

なんと、3,400円あつまった(うち300円はポルカから)。

 

ツイッターのフォロワーさんからの支援が多かった。

 

支援していただいた方には心から感謝です。

 

しかし、今回は歩きはじめから鬱で気分が落ち込むことが重なり、3日目で旅は断念した。

 

50km歩いた。

 

私の旅は1日に1500円くらいの出費であり、3400円の支援で2日は歩いた。

 

ポルカで支援していただいた資金を使い切ったこともあり、支援された分の歩き旅はできたと思った。

 

旅は楽しんでするもので、気分がすぐれない時は、旅は早々に引き上げるべきだろう。支援を受けたけれど苦しみながら旅をする姿は誰も見たくないだろう。

 

さて、今回は50kmと距離は短めであったが、琵琶湖のよい景色も見れた。

 

なお、福井には電車で後日行く予定であり、ポルカでお金が集まれば福井でぶらぶら野宿放浪をするかもしれない。

 

湖西はすばらしい。

・比良山系の近くの浜辺は湖水が澄んでいて綺麗。

・湖西の街道には屋根つきベンチの小屋が多くあり野宿がしやすい。

 

 

 

まず、国道367号線鯖街道)を京都市内から北上して大原、滋賀県大津市に入り途中峠から東に進み琵琶湖へ。

 

京都市内から10kmほど歩くと大原。美しい田園風景が広がる。日曜朝市や直売所もあり楽しめる。休みの日は観光客多し。

 

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国道脇の神社には湧き水がある。八幡宮という所だ。国道477号線との分岐から少し進んだところにある。雨上がり後だったので水量が多くておいしい。

 

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途中トンネルを抜けて東に進む。田園の中を歩くのは気持ちよかった。

 

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疲れたら木陰で休む。

 

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福島で歩いている時は原発付近では野草を取るのを控えていたため、野草への欲求がたまっていた。スイバを取る。

 

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昼過ぎに琵琶湖に到着。和邇(わに)駅の東にある浜辺である。しばし、ベンチでぼんやりしていた。東屋などもあり寝ることもできる。駅の近くに平和堂というスーパーあり。湖水は綺麗だが砂が多いから泳ぎにくいかもしれない。

 

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夜の料理は豚肉とさつまいものツル(昼間に道路脇で取る)の炒めもの。豚肉は98円/100gで、250円ほど買った。

 

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この夜は屋根付きのバス停で寝た。車がよく通るが寝れた。

 

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和邇駅〜近江高島駅まで20kmの湖西には屋根付きの小屋が多いので休憩や野宿に最適である。

 

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湖西は青色の琵琶湖と近江米の田園地帯が広がり美しい。

 

田園の中に鉄道駅がある(比良駅)。

 

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さて、琵琶湖で水が綺麗なのは近江舞子と言われる。人はけっこういるが、水の中に入ったり松の木の下で寝ることはできる。近江舞子駅から東に進むと水泳場が広がっている。

 

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さて、誰も人がいないビーチを教えよう。北小松駅から国道161号線を少し北に進み、すぐ横に琵琶湖が見えるようになる。そこは車などが置けるところが無いので誰も来れない。トイレもあるので便利である。

 

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国道161号線を北上して夜の20時頃に高島市に到着。この日は調子がすぐれず休み休み23kmの距離を歩いた。和邇駅から安曇川駅までスーパーが無いので注意。

 

道の駅「藤樹の里あどがわ」はたくさんの野菜や鯖寿司、鮎弁当など売っている。

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今回は、度々鬱に襲われ、琵琶湖で泳いだり昼寝したりしたが、3日目には朝から動けなかった。昼まで様子を見たが、歩けないと判断して電車で帰る。

 

歩き続けるのはしんどい。しかし、地方に行くと中小都市が15-20kmほど離れているのでスーパーなど無いので、結局歩かざるを得ない。気力と体力のある時に旅はするべきだろう。

 

歩くのはほどほどに昼にごろ寝したり野宿したり、そういう楽しみを増やしたい。

 

 

福島被災地歩き旅

今回は東日本大震災津波被災地を歩き野宿旅した記録である。

 

2018年7月の歩き旅は、7月11日に埼玉県川越市をスタートしたことに始まっている。

7/23までに福島県二本松市の道の駅「ふくしま東和」に到着し285kmを歩いた。

 

 

nagne929.hatenablog.com

 

 

nagne929.hatenablog.com

 

 

7/24に道の駅「ふくしま東和」を出発し国道349号線を北上。

 

福島第1原発の付近は通行止めとなっており、太平洋側に出るには川俣町→飯舘村南相馬と東北に回り込まなくてはならない。

 

原発の事故時、風は北西に吹いておりその方面にある町には写真のような放射線測定器が多く見られた。

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午前中には川俣町に到着し、公園の東屋で昼の間は休憩し、飯舘村方面に向かう県道12号線を東へ進む。13km歩いて飯舘村の道の駅「までい館」へ。

 

飯舘村は「計画的避難区域」に指定された自治体である。

 

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asahi.com(朝日新聞社):計画避難まず12世帯 福島、15日から飯舘村と川俣町 - 東日本大震災

 

 

飯舘村は2017年3月31日に避難地域として指定は一部を除き解除されたが、住民は避難したまま戻ってくる者は少ないらしい。2018年4月1日時点で住民登録者5,807人のうち村内居住者は743人である(出典:いいたてネットワーク)。

 

飯舘村の人口の推移(H29.1.1~H30.4.1) | いいたてネットワーク

 

 

7/25、飯舘村を歩いたが人が住んでない家が多く見られた。畑であったであろう土地も草が生えて原野状態であった。

 

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運び込まれた汚染土も放置されたままだ。

 

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 県道12号線だが道の駅「までい館」から南相馬市のIC付近までの20kmは自動販売機すら無い。昼の暑い時間に歩けばヤバイので、早朝から歩き始めて昼前には南相馬市に到着した。

 

この地域は野馬追が有名で、町中では馬を見ることも多い。

 

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この日は道の駅「南相馬」で寝る。

 

7/26は被災地を歩いた。

 

津波浸水区域は標識が立っている。

 

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各行政区には慰霊碑が立てられている。

 

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津波被災地は原野になっているか、太陽光パネルが張り巡らされている。

 


南相馬市被災地の太陽光パネル

 

海側に来ると、スーパー堤防が続く。

 

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炎天下の中、高台に神社を発見。人が立ち寄らないのか草で茂っている。しばし、境内の林で休憩した。

 

神社がある所は津波が到達しなかった高台が多いという。津波被害にあわない所に神社は作られている。三陸沖など歴史的に津波被害の多い地域では、昔の人が津波の到達しないところに神社などを作って、後世に伝えようとしてるのだという。

 

 

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県道74号線を北上し相馬市に到着。道の駅「相馬」に。

 

道の駅には津波被害についての資料が展示されている。

 

東北地方の太平洋沿岸はたびたび地震による津波被害を受けていて、明治三陸地震(1896年)でも死者21,915人を出している。東北の集落では津波の記録を後世に伝える『津波石』が317箇所もある。災害の起こりやすい地域は昔から言い伝えられていて、今回の東日本大震災の時に先人の遺訓が生かされなかった。

 

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2017年7月の西日本豪雨で土砂災害や浸水被害にあった地域は、過去にも同じ災害を繰り返しており、将来に伝えるため石碑が立てられていたりする。

 

www.sankei.com

 

河川の氾濫により浸水した岡山県倉敷市真備町でも、過去に川が氾濫している歴史がある。

http://okayamaken.fc2web.com/mabi/suigaisi.htm

 

過去の伝承が皆に周知されていれば災害被害も少なくなる。

 

 

グルメ情報であるが、道の駅近くのスーパーで「復興支援ロースカツ」が200円と安く、がっつり食べれた。

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道の駅「相馬」に売っている青のりソフトもおすすめだ。

 

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この日は道の駅で就寝。

 

7/27は23km歩いて宮城県に入る。この日は鉄道駅で寝た。津波被災にあった鉄道駅は新しく造られどこも綺麗な駅舎となっている。

 

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7/28は国道6号線を北上して岩沼市まで歩く(23km)。

 

この日は台風がやってきて夜には雨が降る。雨を凌ぐため駅の遊歩道の下で寝ていたら、「誰か寝てる」と言って通りすぎる通行人が数人いた。そして、警察に通報されたらしく警察がパトカーで数人やってきて職務質問された。しかし、「君、もうここから動く気ないやろ?」と言われ、「ここで寝たいっすね」と答えたら、「あんまり人から見えない所で寝てね。また通報されるから」と野宿をOKされた。

 

野宿して何度か警察から職質されたことがあるが、見逃してもらえる。職質は怖くない。

 

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7/29は18km歩いて仙台駅に到着。今回の旅はこれで終了。424km歩いた。

 

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少子化は進んでよい

1.「選択の自由」の原則による少子化対策の否定

 

私たちは、子どもが産まれることを良いことであり、少子化は解消されるべき「問題」と捉え、少子化対策は正しいと思っている。

 

しかし、少子化対策として推し進められる子育て支援・両立支援についても「選択の自由」という観点から否定する論がある。

 

セクシュアリティ社会学者の赤川学子どもが減って何が悪いか!』(ちくま新書、2004)である。

 

 

子どもが減って何が悪いか! (ちくま新書)

子どもが減って何が悪いか! (ちくま新書)

 

 

 

選択の自由とは、「してもよいし、しなくてもよい。してもしなくても、いかなるサンクション(懲罰・報奨)も与えられない制度が設計されていること」赤川学、2004、p.136)である。

 

「産む/産まない」は個人が決めるべきといいながら、政府が産む選択だけを支援するとは、どういうことなのか。「産まない選択」をする人が現実に存在する以上、それは「産む選択」に政府が正のサンクション(報奨)、正のインセンティブを与えていることに他ならない。

赤川学、前掲書、p.136)

 

 

この上で、「少子化がもたらす弊害を子ども数を増やすことによって解消するのではなく、子ども数が増えないことを前提としながら、あらゆる制度を、選択の自由に対して中立的に設計していく必要がある」(赤川学、前掲書、p.136-137)とする。

 

さらに、現行の男女共同参画のあり方も、男女が共同生活を行い(典型的には結婚し)、子どもを産み、ともに仕事と家事・育児を分担する「両立ライフ」を特権視していることを問題としている(赤川学、前掲書、p.108)。

 

日本の男女共同参画においてモデルとされる女性の生き方だが、結婚して子どもを産んで、子育てしながら正社員で働くことを理想としていて、そういう生き方へ女性を誘導しようとしている。 ライフスタイルの多様化と言うなら、結婚しない、子どもを産まない、働かない人生も「選択の自由」として同時に提示されるべきなのだ。

 

 

2.少子高齢化社会を前提とした制度設計を

 

少子高齢化が進むことによる弊害は、低成長や年金制度などの破綻があげられる。しかし、それらは現在のシステムが維持できないことを「問題」としており、少子高齢社会を前提としたシステムに変わってしまえば「問題」は消失する。

 

少子化により若年人口(労働人口)が減ると経済規模が縮小するというが、そうならば、市場縮小や低成長を与件とした制度設計をおこなえばよいだけである。いつまでも経済が拡大することを前提としたシステムを見直さないことに問題がある。

 

先進国は、経済の拡大・成長がもう続かない「定常化社会」(広井良典)という状態になっており、地球資源の限界に直面したという工業化の外的な限界、モノがあふれ人々の需要が飽和した内的な限界にも直面しているとされる。

 

 

 

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広井良典は、「定常化」の状態で求められるのは、(1)過剰の抑制、(2)再分配の強化・再編、だとしている。

 

(1)については、過剰生産を見直し労働時間を削減して、今後経済の中心となる福祉(ケア)などの労働集約的な分野に集中すべきとしている。

 

(2)に関連することして、少子高齢化が進めば「現行の」の年金や医療・介護制度は破綻せざるを得ないという。

 

年金制度に関しては、現役世代が負担した年金額を、(基本的には単年度主義で)高齢世代に再分配するという「賦課方式」である現行の制度は少子高齢化によって破綻するが「積立て方式」に転換すればよいという年金学者の指摘もあるし、広井良典『ポスト資本主義』では年金を現役世代の保険料ではなく税金でまかなうことが提起されている。現在は所得格差よりも資産格差の方が大きいとして、土地や金融資産といった「ストック」への課税を強化して、社会保障の財源にあてるべきとされる。

 

 

3.少子化は非婚化・晩婚化によって起こる

 

日本の少子化の主因は非婚化・晩婚化によるというのは人口学における常識である。

 

日本では結婚と出産が強く結びついており、子どもを産んで家族をつくりたいという動機から結婚がおこなわれる。日本では婚外子の比率が2%と先進国では例外的に少なく、結婚の中でしか子どもを産まない。だから「できちゃった婚」(子どもを妊娠したら結婚制度の中に素直に入っていく。現在、4組に1組は「でき婚」)という言葉が存在する。

 

まず、歴史的に見て日本において結婚はすべての人ができたものではない。

 

全員が結婚したのは、歴史的に見ると高度成長期のほんの一時期だけである。

 

一夫一妻制のもと1960年代半ばには40歳時の累積結婚率が男性で97%、女性で98%という「全員結婚社会」が生まれる(上野千鶴子、2013、『女たちのサバイバル作戦』文春新書、p.101)。単婚にもとづく近代家族の完成をみた。

 

重婚が禁止され単婚が法制化されたのは明治民法が制定されてからであった。江戸時代など身分制における社会では、権力者の男性が正妻や側室を集めて後宮(ハーレム)を形成する一方で、女性に縁のない非婚の男性が生まれていた。前近代社会では、男性の生涯非婚率はおよそ二割にのぼったといわれる。庶民でも結婚できるのは家督相続者の長男のみで、次男坊以下は、一生「部屋住み」の独身者として長兄のもとで家内奴隷のような生活を強いられたという(上野、前掲書、p.99)。

 

 

 

 

生涯未婚率(50歳までに一度も結婚したことがない人の割合)は2015年には男性23.37%、女性14.06%まで上がっている(データは国立社会保障・人口問題研究所)。

 

結婚市場はもともと弱肉強食であるが(かつては権力と富、現代は魅力とコミュニケーションがものを言う)、高度成長期のある時期だけ「再生産平等主義」が実現したが、それが長く続かなかった。

 

では、近年の日本の非婚化・晩婚化はどのようにして起きているのだろう。

 

 

4.結婚したくてもいい相手がいない

 

独身者でもほとんどは結婚願望をもっている。女性の場合、「結婚したくてもいい相手がいない」という。女性は今でも専業主婦願望が強く、経済力のある男と出会いたいと思っている。

 

女性が社会進出したから晩婚化が生じているのではない。結婚よりも仕事が大事と考える女性は全体の数パーセントに過ぎない。圧倒的多数は専業主婦を目指しており、「専業主婦として自立できない結婚」には二の足を踏んでいる。「適当な相手がいない」。

小倉千加子『結婚の才能』)

 

 

結婚の才能

結婚の才能

 

 

 

「いい相手がいない」というのは、山田昌弘が『結婚の社会学』(丸善ライブラリー、1996)で示した「低成長+ハイパガミー(女子上昇婚)の結婚難」として説明される。

 

戦後日本の高度成長期において、農家の娘にとって都市のサラリーマンと結婚することは階層の上昇をもたらしうるハイパガミーであった。給料も右肩上がりで上昇していた当時、サラリーマンとなった若年男性は親世代の男性よりも経済的に豊かになることが期待でき、サラリーマンとなる夫の潜在的経済力は実家のそれを上回っているから女性は進んで結婚を選んだ。

 

しかし、バブル崩壊後に低成長に転じると、所得の低下や非正規化が進み、息子の経済力が父親のそれを上回る機会が少なくなる。女性からしたら、経済力が十分でない男性と結婚して生活水準を低下させるぐらいなら、実家で両親と暮らしたほうがましという選択に傾く。

 

ここに、「結婚したいのだけれども、私が結婚したいと思うようないい男がいない」と嘆く(親の経済力が高い)女性と、「誰でもいいから結婚したいけど、自分を選んでくれる女性がいない」と嘆く(経済力が低い)男性とのミスマッチが生まれている。

 

(以上、赤川学『子どもが減って何が悪い!』による山田昌弘パラサイト・シングル論の説明、p.147-148)

 

パラサイト・シングル論では、高度経済成長時代に親世代の女性が階層上昇婚をして専業主婦となり生きてきた経験をしたことで、低成長期に入って片働きから共働きへと経済状況が変化しても、意識は高度成長期のものから変化しづらいことが指摘された。

 

「いったん上昇した期待水準は、状況がいかに変化しようと、なかなか下がらない。その水準を下げるぐらいなら、結婚・出産しない」赤川学、前掲書、p.152)という期待水準上昇効果もあるとしている。

 

実際、2001年に40歳未満の女性を対象に、現在と15歳の頃の世帯の年収について、当時の平均的な世帯と比べてどう認識しているかという調査では、15歳の頃より現在の方が世帯収入のレベルが上昇したと答えた女性に既婚者が多く、子どももたくさん産んでいる。赤川は「実際の世帯収入に差はないにもかかわらず、世帯収入の相対的なレベルが上昇したと認知している女性は、結婚し、子どもをたくさん産んでいる」(前掲書、p.155)とデータを用いて指摘する。

 

さらに、フェミニズム的な立場からは、日本の男性には、女性を人格をもつ人として接することができず、モノとして支配したがるミソジニーに染まった男が多いとうことが結婚難の原因にもなっているだろう。結婚は「(男の)カネと(女の)カオの交換」という意識もまだまだ残っている。

 

 

5.非婚・子なしで何が悪い

 

人類学者のE.トッドは「女性の学歴が上昇すると出生率は下がる」と言っており、さらに、「女性の賃金が上昇すると人口は減少する」というのは人口学では常識であるという。

 

女性が知的・経済的なエンパワーメントを得ると、子どもを産まなくなる。

 

少子化解消のために、右派は家父長制の復権と女性の権利の制限を願い時代を逆行させようとする。

 

リベラルは福祉政策の拡充や男女平等を進め、結婚・出産を促そうとするがますます上手くいかないだろう。

 

赤川は、「女性労働力率の上昇、男性の家事・育児分担、仕事と子育ての両立支援といった男女共同参画的な政策では、出生率回復には効果があるとはいえない」(前掲書、p.92)とリベラルの男女共同参画政策は少子化対策になるかは怪しいとしている。しかし、経済活動や社会活動における男女平等を実現する政策は、それ自身進めればよいし、それで少子化が進むならばやむを得ないとも言っており、私も同じ意見である。

 

私たちは結婚・出産をすることが当たり前だと思っており、税制や社会保障も「夫婦+子ども」という家族単位となっている。

 

 

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しかし、「選択の自由」の観点からも、結婚してもしなくても制度的に差別されないように、井田広行の提唱するようにシングル単位の制度設計をすればいいのである。

 

結婚や出産を迫られることで生き方の自由が制限されるのはゴメンだし、いい相手がいなければシングルでよいのである。

 

少子化で「問題」とされるのは、子どもが減って労働力が減り、現在の資本主義システムを維持できないことである。

 

根本的に求められるのは、今の資本主義システムのあり方を見直すことである。

北関東・東北野宿旅(2)

前回の旅行記の続きである。

 

 

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7/20は道の駅「伊王野」を6時に出発して、県道76号線を北上。この道は6~7世紀における東北へ向かう古道である。また、源義経の伝説も残る地域を通る。

 

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午前中に関東と東北を分かつ明神峠に到着して福島県に入る。

 

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朝から14kmほど歩いて白河の関所跡に到着。

 

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白河関跡は自然公園になっており、芭蕉の詩の碑もある。

 

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松尾芭蕉は『奥の細道』で「心もとなき日数重なるままに、白河の関にかかりて旅心定りぬ」 と書いている。白河の関陸奥(みちのく)への入り口として、平清盛も関所越えをしたときにその感慨の気持ちを詩にしている。松尾芭蕉も当初乗り気でなかった旅であったが、白河の関に着いたのが機転となり旅を続ける決心をしたようだ。

 

白河の関までで200km歩いた。私も旅の感慨に浸りましたよ。

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白河の市街地まで歩き白河ラーメンを食べた。国道289号線の南湖付近にはラーメン屋が並んでいるので、その中から店を選んで食べたらいい。写真はお弁当セットで800円。だしがさっぱりしていて美味しい。

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白河駅はレトロな雰囲気。駅の側には小峰城城址公園があり、公園ではベンチや東屋があり野宿できる。私は駅前のベンチで夜を明かした。

 

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夕ご飯はカップラーメン(野草盛り、たんぽぽ、オオバコなど)と、

自分で作った浅漬け。道端でスモモをひろったのでデザートに。

 

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7/21は白河から国道4号線で北上する。このあたりは宿場町が盛んで奥州街道と呼ばれる。10:30頃にイオンモールを見つけてそのまま夕方まで涼む。夕方には須賀川市に到着。ここには松尾芭蕉が栗の木がある庵で詩を読み、その歌碑がある。

 

 

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世の人の 見付けぬ花や 軒の栗

(地味なので、俗世間の人々の目には止まらない花だ。この庵の軒近くの栗の木は)

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この日は須賀川駅近くの公園の東屋で寝た。夕食は卵と鶏肉の炒めもの(材料費250円ほど、味付けだし醤油のみ)。

 

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7/22は須賀川を出発して午前中には郡山市に到着。ヨークベニマルの休憩所で昼間は休む。昼ごはんは半額のミンチを買って麻婆茄子を近くの空き地で作る。

 

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【お手軽麻婆茄子】(220円ほど)

材料:ミンチ、ナス1個、シソ(拾い物)

ミンチとナスを炒めて、シソを混ぜる。味付けはコショウとだし醤油でOK。

 

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16時から再び歩いて三春町へ。三春町のヨークベニマルでアジ(一尾70円)、トマト3玉(80円)を買って、夜の駐車場でアクアパッツァを作る。

 

【お手軽アクアパッツァ】(材料費150円)

材料:魚1尾、トマト2玉、塩コショウ、シソ

フライパンで水を沸かして魚を入れる。トマトのざく切りを加える。シソを入れて、塩コショウをふる。魚を何回か裏返して煮込めたら出来上がり。

 

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この日は道路の横の歩道にあるベンチで寝た。近くのトイレで服を洗い道路のフェンスで干した。よく乾いた。

 

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7/23は三春町を出発して田舎道を行く。

 

このあたりを走る磐越東線(ゆうゆうあぶくまライン)。田舎ののんびりとした朝の駅舎。

 


ゆうゆうあぶくまラインの要田駅

 

蓮の花も綺麗でした。

 

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途中、二本松市に入るが国道349号線には樹高50mの日本有数の大木である「杉沢の大杉」がある。のどかな場所で休憩所もあり立ち寄りにいい。

 


杉沢の大杉(福島県二本松市)

 

 

昼前に道の駅「さくらの郷」へ。道の駅の前のデイリーヤマザキでカップラーメンを買って、道の駅に生えてるオオバコなどを入れて食べる。「さくらの郷」には東屋があり、夕方まで休んだ。すぐ近くには湧き水もありおいしい冷水を飲む。

 

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このデイリーヤマザキには400円でバラ肉も売っていたので、夜はサムギョプサルにした。「さくらの郷」から5kmほど歩いて道の駅「東和」へ。

 

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道の駅の日除けテントの下で寝ました。

 

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次からは東日本大震災の被災地歩きです。