生きるための思想

大学院博士課程を中退してフラフラ生きてる31歳の男です。市場経済至上主義を批判して、フェミニズムの知識を最近かじってます。社会学などを参考に生き方について書いていきたい。もともとは韓国で農村移住者を研究してた。ゆるく生きたいフェミニンな仲間が欲しいです!ツイッターで思う所をつぶやいてる。

猥談でないエロの話

1.「人権侵害となるワイセツ」が問題

 

性愛の世界に住まうのは、身体として生きる人間の宿命である。この世界に入るには、その切符=性別を受けとらなければならない。この世界に生きるには、その文法=猥褻をわきまえなければならない。

 

橋爪大三郎、1990、「性愛のポリティクス」『エロス』岩波書店、p.390)

 

 

 

エロス (現代哲学の冒険 4)

エロス (現代哲学の冒険 4)

 

 

 

性愛にかかわる身体部位や表現行為は両価性をもつ(橋爪大三郎(1995=2017)『性愛論』、河出出版)

 

両価性をもつというのは、普段は猥褻(わいせつ)な事象として有害であるとされマイナス・イメージをもたれているにも関わらず、ある場面では適当で、積極的な事象とされているからである。

  

そうしたものの帯びる両価性は、対象(身体部位や行為)の内在する実体によってではなく、それがおかれるある(社会的)文脈に照らして理解すべきなのである。

 

橋爪大三郎(1995=2017)『性愛論』、河出出版、p.43)。

 

 

性愛論 (河出文庫)

性愛論 (河出文庫)

 

 

橋爪大三郎の『性愛論』に書いてあるとおり、私は、ワイセツに関しては人権侵害となるものは公が取り締まり、それ以外については習俗の秩序で抑制すればよいのではと考えている。

 

以上のようにワイセツのあり方を位置づけると、「人権侵害となるワイセツ」とは何なのかが問題となる。

 

 

2.性の話は男によって猥談にされる

 

何がワイセツでありそうでないかは社会的文脈で決まる。

 

公衆によりワイセツと見なされることは、公の場で話すのはタブーとされる。このタブーを破り、人前で話すことで動揺が生まれる。

 

それは、「猥談」(下ネタ)と呼ばれる。

 

「性の解放」は進んだが、女性が性の話を発することは、まだまだ稀である。社会的にも女性は性の話をするべきでないという強い規範は根強い。女性同士であっても性の話はしずらいと多くの女性から聞いている。

 

性に関する言葉を生産しているのは男である。そして、男がする性の話は多くの場合は猥談となってしまう。逆に、男は猥談にしなければ性について話せない。いや、猥談として話すことを強制されている。

 

 

男はほんとうに性について語ってきたのか?あんなに猥談好きに見える男が、ほんとうは猥談という定型のなかでしか自分のセクシュアリティについて語ってこず、定型化されない経験については、言語化を抑制してきたのではないだろうか。

 

上野千鶴子、2010、『女ぎらい ニッポンのミソジニー紀伊国屋出版、p.33)

 

 

男同士の猥談は、女性を辱(はずかし)める内容を帯びる。女性を共通の犠牲者とするのは男同士の性的主体としての連帯感を深めるためで、下ネタを話せない男は「ウブ」「女女っちい」などと言われ男同士から「男」と認められない。男という性的主体への同一化は女を性的客体とすることで成り立つ(上野、前掲書、p.30)。

 

男同士の猥談を例にとってみよう。女を性的客体とし、それを貶(おとし)め、言語的な陵辱の対象として共有する儀礼トークが猥談だ。下半身ネタを語ればすなわち猥談になるわけではない。猥談には作法があり、ルールがある。それは自分がいかに男として「性的主体」であるかを相互に確認する儀式である。

 

上野千鶴子、2010、『女ぎらい ニッポンのミソジニー紀伊国屋出版、p.32)

 

 

 

男は性の話を猥談として生産し消費する。性の言葉は男性市場で流通するものである。猥談は、女性の主体性を無視して、女性を男性の性欲の客体として位置づけることで成り立っている。

 

 

 

女ぎらい――ニッポンのミソジニー

女ぎらい――ニッポンのミソジニー

 

 

 

3.猥談はセクハラとなる

 

対象を性的に侮辱し尊厳を貶める言動はセクハラとして非難されるべきである。そのような猥談は「人権侵害となるワイセツ」と位置づけるべきだ。なにが侮辱であるかはその言動がなされた文脈で決まる。

 

永田えり子(1997)『道徳派フェミニスト宣言』(勁草書房)では、セクハラを「尊厳への侮蔑」としている。

 

 永田(1997)の、セクハラは「性に関わる公認されていない被害」であると定義でき、見られる、見せられる、言われる、聞かされるなど公認されていない権利侵害というのはもっともだ(p.72)。

 

【セクハラの例】(永田えり子(1997、p.60-62)より一部参照した)

 

◯触られる

→性的関係の合意がないのに、性的な目的で身体に触ることは性暴力である。

 

◯見られる

・上から下まで品定めをするようにじろじろ見られる

 

◯見せられる

・テレビなどで水着姿の女性が写ったり、胸やお尻にズームすること。

・職場にヌードや媚びたポーズのポスターが貼られている。

・ワイセツとされる言葉・画像・動画をみんなが見えるようにする。

 

◯言われる

・「男出入りが激しい」「ふしだら」

・「いくら?」「どうせ遊んでるんだろう」

・「女の幸福は結婚だ」

・強姦事件で。警察官がニヤニヤしながら「それで?それから?どんなふうに?」と被害者に聞く。「16歳ならたいがい経験している」「女の子がイヤというのはいいということだ」など言われる。

 

◯聞かされる

・買春体験など、性的な体験の自慢話を聞かされる。

・宴会や集まりなどでワイセツな話をする。

・周りに聞こえるようにワイセツな話をする。

 

 セクハラをするということは相手を人間と扱わない行為なのだ。

  

すなわちこの手のセリフや失礼な視線などには「私はあなたに対して最低限のマナーすら守る価値もないと考えている」という宣言がメッセージとして含まれていることになる。そなわちこれら(セクハラ)は「尊厳に対する侮辱」なのである。

 

永田えり子、前掲書、p.74)

 

 

 

道徳派フェミニスト宣言

道徳派フェミニスト宣言

 

 

 

 

4.性的侮辱に陥らない性の語りを

 

女性が性について語ったり表現すると、「淫乱女」「ビッチ」などという言葉が男から投げつけられる。女性による性の語りは性消費の対象とされるか、汚れたものとして貶(さげす)められ、侮辱される対象となる。

 

 

lite-ra.com

 

AV女優・作家の紗倉まなが「週刊プレイボーイ」(集英社)2018年2月12日号に掲載された落合陽一との対談のなかで、こんな驚きの証言をしたのだ。

 

「一番イラッとすることは、何を言っても『肉便器』って言われることですね」


「以前言われたのは、『おまえいろいろ物事を多く語って、まるで文化人気取りだな』みたいな。『肉便器は黙って脱いでろ』って言われたことがあって」

 

(貼り付け記事より引用)

 

 

性表現をする女性に対して女性器名などの言葉を投げつける男がいる。そういう男は、女性を自分の性欲の客体としてしか捉えてない。性的選択を自分の意思でおこなう性的主体としての女性を認めない。

 

 「尻軽女」扱いは、女性に性的自己決定権を認めていない、すなわち選択主体から排除することの宣言である。

 

永田えり子、前掲書、p.74)

 

 

女性に対する「オトコと遊んでいるでしょ」などのセリフについても、男は女性を「自分とセックスする客体」としか見ていない。やはり、自分の性欲の対象として女性を従属させようとする。

 

他の男と「やっている」ことが実証できれば、公理によって自分も「やれる」はずなのである。すなわちこのセリフは、性交しているかどうかを女性の側が選択しているということを捨象して(あえて無視して)はじめて出て来るセリフである。

 

永田えり子、前掲書、p.74-75)

 

セクハラや強姦を告発した女性が、性的な侮蔑の言葉にさらされる光景もよく見る。性被害にあって性について話そうにも、男から性的侮辱の対象とされてしまうのだ。

 

性の話は、男によって猥談に貶められて消費されてしまう。特に女性は「異議申し立て」も含め、性の言葉を発しにくい。

 

何がワイセツであるかは社会的文脈により決まると冒頭に書いたが、猥談とそれによる被害であるセクハラも文脈に依存する。猥談は、対象の性的主体性を否定し、対象を侮辱する文脈で発せられる「人権侵害となるワイセツ」だから悪いのである。

 

「性の解放」は女性も性について話すことを推し進めた。それまで性の客体としてしか語ることができず、行為することができなかった女が、性の主体として乗り出してきている。しかし依然、女性の性の語りについては男性側からの抑圧の対象となり、侮辱され性消費の対象とされてしまう。

 

男による性の語りも猥談へと疎外されている。

 

私たちは、侮辱を受忍するのを拒否し、侮辱とならない性の語りをしていくべきだ。

 

人を侮辱で傷つけない「性の解放」を!!

 

 

 

かわいく見せたい欲求と「男らしさ」

「男としての行動をやめたとき、僕は男でなくなるのだろうか?」(No.968)

 

クリスチャン・ザイデル(2015、長谷川圭翻訳)『女装して、一年間暮らしてみました。』(サンマーク出版Kindle番)を読んでみた。

 

 

女装して、一年間暮らしてみました。

女装して、一年間暮らしてみました。

 

 

 

 

私は、女装までは行かないが、かわいい服を着たいし、綺麗に見られたいという欲求がある。大学に入学した18歳くらいから、そういう欲求があったようだ。大学生時代は花柄の服や、ピンクやパープルなどカラフルな服を着ていた。

 

 

学生時代の服装を載せてみますww

 

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なお、大学院生になってからは服装の派手さは抑圧していた。卒業論文の研究でつまずきを感じてから、大学院時代におけるプレッシャーにより、うつ症状はじめ自己肯定感が一気に低下し、能力も何もないのに外見で目立ったことをしてはいけないという抑制が働いた。

 

目立ったことをして、叩かれたりしたくなかった。「出る杭は打たれる」が怖くなってしまった。

 

大学院生〜今までは地味でユニクロ的な服装であった。というか服装に全く気を使う余裕がなかった。

 

さて、最近はオシャレ欲求が高まり(笑)、以前のようにバラや花がらの服やカラフルな服を着たいという思いが強くなり(実際買った)、簡単な化粧にも関心がありBBクリームを買ってしまった!!

 

 

こんな服を買ったよ!

 

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私は30歳過ぎているミニオッサンなのに、かわいくなりたいとか綺麗に見せたいという欲求がある。

 

男がこういうことを言うと気持ち悪がられるが、この「キモい」という反応については後に述べよう。ミソジニー女性嫌悪)が関係しているようである。

 

 

 

このクリスチャンの女装の本の簡潔な概要は以下(訳者あとがき、より)

 

 

男性が女性として生活したら、心に、体に、そして生活にどのような変化が生じるのか、男性と女性とのあいだの垣根は一般に思われているよりも低いのではないか、という個人的な考えをもとに、著者が自分自身の身体を使っておこなったおよそ一年間の実験

(No.3394)

 

 

 

クリスチャンの女装の始まりは、冷える足元を何とかしたいと、デパートで女性用ストッキングを恥ずかしさとためらいを感じながらも購入したことから始まる。

 

私もストッキングまでいかないが、レディースの登山用服を買ったことがある。男性用よりも女性用の方が、色が鮮やかでかわいかったからだ。店員にどういう反応をされるか少しドキドキしてレジに持っていった記憶がある。

 

 

クリスチャンは女装をすることで、妻や友人から気持ち悪がられ、次第にみんな離れていったという。女性に見られ街で暴漢に襲われたこともあった。女装で窮屈さも感じたこともあったが、女らしくなることの快感もあったという。

 

男のファッションには多様性がない。服装は、軍隊や組織由来のものが多く、カラーも目立たないものが多い。

 

私も女性のファッションは多様で、色合いも鮮やかなものが多く、女性のファッションコーナーをチラッと一瞥し羨ましく思うことがある。

 

クリスチャンは妻のマリアにストッキングを履いていることを告白したら、絶句されたそうだ。

 

 

「あなた、本気なの?」マリアは呆然としている。

ストッキングをはいた僕の足を目にしたとたん、彼女の表情は凍りついてしまった。これまで信じ切っていたもの、当たり前と思っていたものに裏切られた、そんな表情だ。

男は強く、たくましくてはならない。ナイロンのストッキングははいてはならない。男とはそういうものなのだ。それなのに……。(No.117-124)

 

 

 

妻のマリアは言う

 

「でもどうして、よりにもよって女性用下着なの?変態チックなことをしたければほかにも方法があったでしょ?」

 

「ホント、みっともないわ。あなた、男でしょ?」(No.142)

 

 

 

クリスチャンは以下のようになった。

 

だんだん腹が立ってきた。誰もわかってくれないだろうと予想はしていたが、予想どおりの言葉が返ってきた。

 

彼女は「変態」「目立ちたがり屋」と言った。ほんの少し普通とは違うことをしただけで、そんな言葉でレッテルを貼ろうとする。普通でないとレッテルを貼られた者は、ほかの人々から隔離される。そこに交流はない。社会から締め出され、忘れ去られる。マリアとの会話で僕が感じたのはそんな不安だった。すべてを失う怖さ。妻を、そしてそれ以上のものも。ストッキングをはいて、ただそれを告白しただけなのに。(No.148)

 

 

ストッキングが―初めは単なる思いつきだったが―僕のなかにある壁を打ち破った。自由を感じた。男として、いや、人としての自由を。(No.326)

 

 

クリスチャンの女装の実験はますます進む。化粧、ペディキュア、スカート、ハイヒール、メーキャップ、乳房などなど。

 

日を追うごとに、「社会における男女の役割」について考える時間が増えていった。考えれば考えるほど、“男の役割”が人工的で不自然なものに感じられる。能力、成績、評価。そうした言葉が、僕も含め男たちを縛りつけている。(No.326-332)

 

 

テレビ業界で働いていたことから、僕はいやと言うほど男の醜さを目の当たりにしてきた。

常に他の人よりも気の利いたコメントを発し、機知に富む(あるいはそう聞こえる)ジョークを飛ばさなければいけない。誰もが実際以上に自分を大きく見せようと必死だ。そういう男たちを見るたびに僕は「痛々しい」と感じていた。腐った友情を捨てられない男や、自分と違う意見をもつ相手はこてんぱんいやっつけなければ気がすまないやつらも同類だ。そんな連中とは距離を置きたいと願うようになった。(No.338-344)

 

 

 

男らしく振る舞うことに息苦しさを感じたクリスチャンは、女装を通して「男らしさ」を考えていった。女性となり、自由度の高いファッションや化粧をすることで、解放された気分を味わえたそうだ。私もBBクリームをぬって肌がスベスベになったときは、なんだかテンションが上り、思わず自撮りしてツイッターに載せてしまった。 

 

本書でも書かれていたが、男性が女性のような格好をすると、「気持ち悪い」や「変態」と言われることだ。

 

私は先程写真で見せたとおり、学生時代に赤いバラの柄シャツや、原色のカラフルなシャツを着ていたのであるが、そのような服装に引いたり、茶化したりするのは男性が多かったように記憶している。

 

女性からは、「似合っている」とか「綺麗だね」とか肯定的な声をかけてもらったことが多い。

 

これは、ホモソーシャルな男社会のありようと関係しているのだろう。女性らしい格好をした男が生きづらさを味わうのは、「男」という規格から外れて居場所がなくなるからだ。

 

男が男たちから「オンナ」、「ホモ」と言われることがいかに侮蔑的意味をもつかを私たちは経験している。ホモ・フォビア(同性愛嫌悪)である。

 

 

男と認めあった者たちの連帯は、男になりそこねた者と女とを排除し、差別することで成り立っている。

上野千鶴子『ニッポンのミソジニー』、p.29)

 

 

 

女ぎらい――ニッポンのミソジニー

女ぎらい――ニッポンのミソジニー

 

 

上野(2010)によると、男の値打ちは男同士の覇権争いで決まる。男に対する最大の評価は男から「デキる」と認められることにあるという。

 

男同士の間で、男としての性的主体として認められることである。男は男同士の連帯から外れることを恐れる。それは、ファッションにおいても「男らしい」と認められる装いを強いられ、知らず知らずのうちに外的表現も抑圧される。

 

私にあるのは、ただただ、少し綺麗に見せたいという欲求である。私は「男らしさ」とかいう基準には興味がない。ファッションにおいても性格においても。

 

男はこういうファッションをすべきだという空気に抑圧されずに、自分の好きなようにかわいいファッションを目指していきたい(オッサンで、顔が不細工なのはゴメンナサイ)。

オス負け犬の「愛」

1.「愛」は性的交流を必ずしも伴わない

 

性愛とは「自分が他者の身体を必要とする(欲する)」という現象橋爪大三郎、2017、『性愛論』河出出版、p.18)と言われる。性的志向の対象となる相手と話したい、手を握りたい、触れ合いたい、そして心でも繋がりたい、そのような欲求が性愛である(異性愛者にとっては性愛の対象は異性となる)。心は見えない。だから心が宿る身体を欲するようになるのだという。

 

私は、「愛」について性愛と異なる定義をしておきたい。「愛」は友人、家族など性的志向の対象とならない者へも抱く感情。親密性とも呼べる。心の通じ合い、引き合うものであろう。自分の正直な心でつながっていたいという感情に基づく。

 

しかし、私たちの社会は、人間関係の中でも「性愛」でむすびつく関係を一番深く価値のあるものと位置づけ、結婚という制度的な優遇も与えている。

 

 

nagne929.hatenablog.com

 

 

 

「性愛」関係にあることは「愛」があるからだという前提が想定されている。

 

しかしながら、「性」が満たされても「愛」が満たされないという状況は往々に生じる。

 

結婚をしていて性的なパートナーがいても、「私のことを理解してくれる人はいない」、「誰からも必要とされない」という感情をいだくのは誰にも愛されていない、もしくは、愛が感じられていないと思うゆえだろう。

 

 

2.「愛」と「性」が一体となった近代

 

婚姻率が90%台後半であった「全員結婚社会」(落合恵美子)では、ほぼ全ての男女がペアになれた。1950〜60年台の男性の生涯未婚率(50歳までに一度も結婚したことがない人の割合)は1%台であった(2015年は男性23.37%、女性14.06%、データは国立社会保障・人口問題研究所)。

 

貞操観念の強い時代では、結婚して男女はセックスをするようになる(婚前交渉・結婚初夜などの言葉が存在した)。そこでは「愛」があったのかは疑わしい。

 

「全員結婚社会」とは、男にとってはだれにもひとりは女が配当される社会、女にとっては結婚しなくては生きていけない社会上野千鶴子(2013)『女たちのサバイバル作戦』文藝春愁)。

 

男女の経済格差が今以上に大きく女性は男性に経済的に依存せざるをえない状況にあった。高度経済成長時代も女性にとって結婚は「永久就職」であり、生存がかかっていた。

 

すべての男に女があてがわれる社会では、女性は男に従属する存在として犠牲になった社会であった。女性は夫からの人権侵害や暴力に耐え忍んできた。男の独りよがりで暴力的な性行為にも耐えてきてきただろう。

 

1960年代には恋愛結婚が見合い結婚を上回るようになる。近代は「愛」と「性」と「結婚」が一体となったロマンティック・ラブ・イデオロギーに支配されたが、間もなく、婚前交渉が当たり前となった1970年代から「性」と「結婚」の結びつきは切れた。しかし、結婚が恋愛によってなされるものへと変わり、恋愛の価値はますます高くなり、ロマンティック・ラブ・イデオロギーは猖獗(しょうけつ)をきわめた。「愛」と「性」の結びつきは強固になった。それが近代を支配する性愛観である。

 

恋愛の価値が高まる時期は、都市化が進んだ時期であった。向都離村の人口移動によりムラの共同体生活から都市の個人生活へと移った。個人個人はバラバラとなり、人の絆は所与のものではなく選び取るものになった。自立し孤独になった個人は「愛」への渇きを深め、ますます惹きあう。

 

恋愛病は、個人になった近代人の宿痾(しゅくあ)のようなものである。ひとりになった。だからひとりではいられない。ひとりになったことない人が、恋愛を求める理由はない。

 

上野千鶴子(1998)『発情装置』筑摩書房、p.84)

 

 

 

 

私たちは孤独を選んだと同時に、誰かから「愛されたい」とも願っている。そして今では、身分や肩書ではなく「ありのままの自分」、つまり「個人」としての自分を愛されたいと願ってしまった。

 

恋愛病は近代人の病いだ。娘も妻も「恋愛したい」と渇くように思い始めたとき、彼らはやっと「個人」になったのだ。男も「愛されたい」とグラグラした思いを持ち始めた時、やっと男という役割を脱ぎ捨ててタダの「個人」になったのだ。

 

上野千鶴子『発情装置』、p.85)

 

 

3.「性の解放」は愛への渇きの救いにはならない

 

近代はロマンティック・ラブ・イデオロギーが「愛」と「性」を一体のものとしてきた。「愛」があるからセックスをする。しかし今では、セックスは「愛」からも分離してしまった。今日では、セックスはできても「愛」が得られない状況が生まれる。

 

セックスがこんなにお手軽に手に入るようになったいま、わたしたちが飢えているのはカネでも肉体でも贖えない「恋愛」だけだからだ。

 

上野千鶴子『発情装置』、p.83)

 

 

女性が性的自由を獲得することで「性の解放」は進んだ。「女性は愛がないとセックスをしない」という神話は崩れ去った。女性側の「性の解放」が進むと同時に、男性側も多くの女性とのセックスを経験できることになる。セックスは純粋な快楽行為となりつつある。セックスによって愛(≒人格的なつながり)が深まるという考えに囚われた人は、セックスによって裏切られる思いをするのかもしれない。人との人格的なつながりは「性」により作り上げられると信じる者は、セックスを重ねても愛への渇きだけを深めるという逆説が生じる。

 

「性」と「愛」の結びつきを特権化した近代のエートスは未だに支配的だが、「性の解放」が進み、「性」へのアクセスが容易になったことで、「性」は獲得できても「愛」は得られないという落差が生じている。

 

非モテ」という言葉は、単にセックスができないことを指すのではない。「愛」が得られない状況を指すようになっている。

 

 

実際に、恋人がいなくても、別に悩まず、幸せに、ごく普通に日々を過ごせる人もいる。逆に、恋人や配偶者がいても、つねに非モテ意識に悩まされている人もいる。多くの女性とやりまくっても本命から愛されず虚しい、という人もいる。

 

杉田俊介、2016、『非モテの品格』集英社新書、p.92)

 

 

  

「100人の女を抱いても、1人の女から愛されなければ、それは非モテである」というような小谷野敦のような言葉も論壇で席巻している。

 

ナンパ師やヤリチンは、「愛」の無いセックスをたくさんおこなうが、最終的には「愛」のある関係を求めるようになる。フリーセックスという非近代の性行為に走りつつも、「性=人格の結びつき」を求めるという近代への回帰をおこすのである。しかし、純粋な「愛」の関係を築き維持するのかがいかに難しいかを気づかざるを得ない。

 

「性」には「愛」が必要だというコードはやはり支配的である。

 

さまざまな性行動に対する是非を定める基準として登場してくるのが、愛やコミュニケーションにもとづいた関係性、すなわち親密性を有しているかどうかが決定的に重要だとする「親密性パラダイム

 

 (赤川学、1999、『セクシュアリティの歴史社会学勁草書房 、p.375)

 

  

親密性パラダイムは、性=人格論が性欲=本能論を凌駕するために編み出した最強の言説であり、多くの人にとって、愛や親密な関係性は理想郷とされているからだ。それはたしかに耳当たりがよい言葉だ。しかし親密性ばかりが強調されると息苦しくもある。親密でない性、愛のない性を否定するという点に関しては、親密性パラダイムはファッショ的ですらあるからだ。誰もが愛や親密性を求めて生きなければならない社会。それを窮屈に感じるのは、私だけであろうか。

 

赤川学、前掲書、p.390)

 

 

「性に関する苦しみの原因は、性に愛がないからではなく、性には愛がなければならないとあおっていること自体にあるのではないか」

赤川学、前掲書、p.390-391)

 

 

セックスをいくらしても心が満たされない。「愛」=親密性が感じられないから心から充溢できない。そして嗜癖として性行為に溺れてしまうという悪循環にも陥ることになるのだろう。

 

 

4.性愛を相対化する

 

「童貞が恥」だという意識も、自由恋愛が社会に定着し、セックスができない男性が増えたから生まれたものであろう。渋谷知美によると、80年代以降に童貞に対して好奇のまなざしが向けられ、童貞が恥じらいをおぼえるようになったのは、恋愛とセックスが強固に結びついている社会であるゆえだという(渋谷知美、2003、『日本の童貞』、文春新書、p.221)

 

 

 

必要なのは、性を私的領域におしこめることではなく、何か特定の言説が力を持たないように、より多くの性にまつわる言説を公の場であみだしていくこと―つまり、オルタナティブな性への干渉を提示していくことである。

 

渋谷知美、2003、『日本の童貞』文春新書、p.224)

 

  

童貞がこんなにイシューになるのも、セックスに対して過剰な意味付与がなされているためである。セックス=愛の最上級表現という近代のロマンティック・ラブ・イデオロギーが支配している中で、非モテが苦しみを感じるは「愛=セックス」という性愛幻想を意識してしまうからであろう。

 

 

性の自由市場が成立し、オナニーする男・童貞が「もてない男」、処女が捨てるべき厄介物とされるような社会にあっては、この苦しみは増えることがあっても減ることはないように思われる。

 

赤川学、1999、『セクシュアリティの歴史社会学』p.391)

 

 

 

以下のブログで学んだことであるが、「他者とつながる手段として、セックスが特権化される理由はない」。オナニーとセックスは序列を競うものではない。オナニーを相手がいない「恥ずべき」性行動として貶める必要はない。

 

 

minadt.hateblo.jp

 

 

 

世の中は「恋愛は素晴らしいこと」であると喧伝し、「恋愛ができない人は人格欠落者である」と多くの人は考える。異性にモテない自分に対して否定的になり鬱勃した感情に苛(さいな)まれることになる。私たちは、恋愛へと駆り立てる社会の装置に支配されているといえよう。

 

一番にいいのは、恋愛・セックス・結婚などの性愛に対する価値が相対化されるべきなのだ。人との話において「恋バナ」は一番盛り上がり、みんなが楽しむであろう共通の話題とされる。「恋バナ」ができないと人としての経験値が低いとしてバカにされてしまう。恋愛至上主義が支配する社会は、恋愛弱者にとって息苦しい社会である。

 

5.「愛」について

 

オス負け犬がとる戦略は否認、逃避、嗜癖の3つだという(上野、2013、前掲書p.198)。非モテに関して言うと、「みんな自分の本当のよさを知らない」(否認)、「僕なんて、どうせ人から必要とされない」(逃避)、と言ったり、「酒やギャンブル、ゲームなど即効的なものに依存する」(嗜癖)などであろう。いずれも「男らしさ」を守るための防衛的反応である。

 

しかし、愛されたいという気持ちを押しやったり誤魔化したりせず、「弱さを抱えながらも生きる」という選択もありではないか?

 

たとえ愛や承認を得られず、誰かから抱きしめられず、ルサンチマンや自己嫌悪をずっと解消できなくても、それらを抱えたまま、しかしそれを他人や自分への過度な暴力にしてしまうことなく、こじらせることなく生きていく、そこそこ幸福で楽しんで生きていく、そうした生き方もまたありうるのではないか。

 

杉田俊介、前掲書、p.128)

 

 

しかし、人間には承認欲求が存在する。私は承認欲求が恥ずべきものだとは考えない。生きる上で、自分を認めてくれる他者は必要だからだ。

 

何かしらアクションをおこしていれば、人との関わりはできるのではないか。SNSでは自分と価値観なりが合う人も最低1人は見つかるだろうし、その場から去れば惜しまれる存在くらいにはなれそうだ。

 

自分を気遣ってくれる人は見つかるはずだ。苦しい時に、そーっと声を掛けてくれる人も見つかるはずだ。

 

過剰な「愛」を求めすぎると、自分も相手もしんどくなる。どんな「愛」のあるカップルでも溶け合うことはできない。付かず離れずのゆるい「愛」という形態でも満足できる関係をつくっていければと願う。

 

 

 

 

【取り上げた文献】

 

性愛論 (河出文庫)

性愛論 (河出文庫)

 

 

 

 

 

発情装置―エロスのシナリオ

発情装置―エロスのシナリオ

 

 

 

 

 

セクシュアリティの歴史社会学

セクシュアリティの歴史社会学

 

 

 

日本の童貞 (文春新書)

日本の童貞 (文春新書)

 

 

 

お遍路の思い出(4)食料調達術

 ◎サバイバル術【食料調達】

 

野宿旅行では野生になっている食料も豊富に使います。今回は、徳島市内でラーメンを食べたのを除き、基本自炊で行きました。スーパーとかあれば安い食材を買って調理します。

 

野生の食べ物を見つけるとワクワクします。旅が楽しくなる。果物は一目でわかるけど、野草やキノコの知識があると食の幅が広がる。

 

 

 

 

①野草

 

今回の旅行ではサラダ類は一切買わず、道端の野草を食べてビタミン、ミネラルなどの栄養補給をおこなった。

 

野草については、以前ブログに書いた。食べれる野草を知っておき、野草に出会ったら採ってムシャムシャ食べます。栄養に留意したいため、野草見つけたらたくさん食べます。なお、湯でたら食べやすくなる。

 

【一例】道端でヒメジオンを採って茹でる

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・ブログに野草のことを書いているので是非ご覧あれ。

 

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②拾った野菜で調理

また、やそ道端や空き地になっている所有者のわからない野菜たちです。畑の近くには野菜が転がっていることもあり、運良くゲットできたらそれを利用して料理をする。今回は空き地でゴーヤを見つけ、ナスや玉ねぎを拾いました。RPGゲームでアイテムを拾ったみたいで面白い。

 

・空き地で採ったゴーヤでチャンプルーを作る

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・ナスを拾って麻婆茄子

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・玉ねぎを拾う

 

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・野生のシソを採取して焼肉

 

 

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③キノコ 

・山でイグチを採って野菜炒めに

 

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④果物をとる

地方の道を歩いていると果実の木がそこら辺に生えている。秋になれば果物を頂きましょう。柿などは疲労回復によく一つ食べるだけでも空腹が満たされます。サバイバルには必要でしょう。

 

果物と野草だけでも一食やりすごせる。

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・柿

 

シブ柿でも、食べれないことはないです。腹が減ったら食べよう。ほんのり甘いです。

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・イチジク

 

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・梨

 

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・みかん

 

みかんは緑色でも食べれます。甘酸っぱくておいしいです。

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・はっさく

 

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・ぶどう(畑の横に落ちてた)

 

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・クリ

 

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ざくろ

 

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お遍路の思い出(3)野宿編

お遍路記録3回目ですが、10月の半ばに再び徳島駅に発ち3回目のお遍路に挑戦しました。でもまあ、旅のスタイルは前回と変わりありません。

 

 

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3回目は徳島駅から南下して二箇所目の難所(遍路ころがし)を経て太平洋側に到達。しかし、途中で連日の雨という天気予報を見て、先に進む意欲を失いました。同じJRの駅で3泊ほどしました。その間は、温泉に行ったり、ウミガメ博物館に行ったりしました。徳島はすだちの産地で、すだちサイダーが美味しかったです。

 

さて、お遍路を断念したのは、駅で3泊もしてたら地域住民から心配され、警察に通報がなされたようで、警察が駅にやって来て職務質問を受けました。人生2回目の職務質問です。

 

「家出じゃないだろうな?」とか自分の身元について執拗に聞かれ、カバンの中身を取り出されて、ナイフを見つけると質問をされという、気持ち悪いことをされました。

 

あと、鉄道の駅で洗濯物を干してて、パンツも人が見えるところに堂々と干してました(笑)。警察から、「君、パンツとか人の見える所に置いたらあかんやろう」と。

 

鉄道駅でパンツ干すなんてありえないですよね(笑)。別に、見せたかったとかいう訳ではなく、人通りも少ないから洗濯物干してもいいや、という感じで干していました。

 

雨で立ち往生となり、警察にもウザい絡みをされたので野宿旅行の意欲を失っていました。

 

22番礼所の平等寺までクリアして、23番の薬王寺手前でやめました。23番の薬王寺を超えると次の礼所(高知県最御崎寺)まで70km以上あり、その行程は延々と太平洋の横の国道を歩いていくというもの。野宿場所や食料確保、そして長い海側の単調な景色を見て歩くことに嫌気が差しました。

 

次にお遍路に行くかどうかは分からないです。

 

 

◎サバイバル編【野宿】

今回の歩きお遍路の大部分は野宿でした。3週間の旅行で宿泊に要したのは遍路小屋での一泊の500円です。以下は、野宿の記録です。屋根のある所がいいです。屋根がないところだと雨が降った時に詰むので。

 

 

①鉄道駅

鉄道駅にはよく野宿しました。地方の駅だと人があまりいません。夜になると電車の到着時以外は人はいないですね。ベンチなどにマットを引いてシュラフで寝ましょう。2泊くらいまでならば通報されない?

 

 

・野宿の様子

 

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・地方のJR駅の電車は本当に少ないので、落ち着いて休めます。

 

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②公園などの東屋

 

公園の東屋は屋根があるのでいいですね。でも、激しく雨が降ると横から雨に打たれます。その時は中央の地べたに避難しましょう。

 

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③道の駅

 

地方には道の駅や休憩所が多いですね。屋根がある可能性が高いです。夜の人気が居なくなた時に寝る準備をして朝早くに発ちましょう。ベンチとかがなければ、トイレの横など屋根がある所をみつけて地べたに寝よう。

 

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④使われなくなった施設

 

地方には廃ガソリンスタンドや廃工場が多いです。屋根付きの場所をみつけたら雨はしのげます。

 

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以上、野宿場所の記録です。

 

野宿は基本ストレスがたまります。まず布団ではないので固い地面からの緩衝がなく、体が痛みます。シュラフでも体のあちこちが痛くなります。

 

シュラフはいいものを買うべきです。安物のシュラフでは体への負担が大きいと思います。

 

野宿については、地方よりも都会の方が難易度高いです。

 

地方は人が少ないので、野宿していてもあまり人目が気にならない。それでも、JR駅などはたまに人が来ることが有り、神経が図太くないと気にしてしまう。

 

都会だと人の往来が激しいため、常に人目を気にしてしまう人にとってはかなりしんどいと思う。

 

だから、都会のホームレスで路上生活者は常にストレスでいっぱいだろうと、今回の野宿で学んだこと。

 

野宿は人への神経を使うし、体への負担も大きいので大変でした。

お遍路の思い出(2)旅の様子編

前回記事の続きです。前回は去年9月の4日間のアル中状態でのお遍路について書きました。

 

 

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9月のお遍路は酒浸り状態がひどくて、神戸にもどりアルコール病院に駆けつけ、それからリハビリ生活をおくりました。

 

そして、リハビリでジーとしていると、またお遍路に行きたくなったのです。3週間くらい休んだ後、病院には内緒でまたお遍路に旅立ちました。9月29日の私の誕生日に旅立ちました。

 

松尾芭蕉は人生は旅と言っている。「旅をしたいと思ったら、誘惑の神に取り憑かれたように、心を取り乱し、何も手につかなくなる」という。芭蕉病にかかりました。

 

 

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神戸の三宮から徳島駅まで高速バスで2時間。お遍路コースに戻るのではなく、寄り道として鉄道に乗り美馬市穴吹駅まで足を伸ばし、「うだつの町並み」を見ました。翌日は百名山の剣山に登りました。

 

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◎うだつの町並み

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◎剣山

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最初の2日は、吉野川の河川敷にあった東屋で野宿しました。水道もベンチもあり料理も作りました。料理レポについては次回に。月が明るく綺麗でした。

 

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しかし、睡眠障害には困りました。毎日ヘトヘトに歩いても寝れません。夜中の3時頃まで寝れない。朝は6時くらいに起きて出発しなければいけません。睡眠時間は3時間くらいとなり歩いていると昼頃に体力の疲労がピークになります。目は朦朧としている。

 

 

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10月1日からお遍路コースに戻りました。のんびりと農道を歩きました。晴れて気持ちいい。

 

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夕方になり、どこに泊まろうかとねぐらを探しながら町中をウロウロしていたら、地元のおばちゃんに声をかけられました。遍路さんが無料で泊まれる場所があり、宿泊できるか確認してくれるとのこと。

 

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お遍路さんが無料か格安で泊まれる小部屋を「善根宿」という。9月のアル中お遍路の時も500円の部屋に泊まりました。今回は写真もアップします。宿泊の感謝の意を示すため御札をみんな貼っていきます。部屋の広さは6畳くらい。収容人数は6人とのことだけど、明らかに3人が限界だろう。

 

 

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カナダ人のカップルが別の小部屋に泊まっていて少し話しました。カナダ人の男性はお遍路は2回目だということ。今回は恋人を連れての挑戦だということ。キャンプ道具をいれたカバンは大きく重そうでした。プロですね。

 

夜に寝たが、一緒に泊まってたおっさんのいびきがうるさくて外に出た。

 

 

翌日は雨で、お遍路の難所と言われる8時間位の登山が待っていました。11番礼所の藤井寺から12番の焼山寺までは山道です。

 

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山道は上り坂が多く、ゼエゼエ言いながら歩きました。なにせ15kgのカバンを背負いながら山登りは苦行です。自衛隊の訓練かよと。バテるので何度も立ち止まり、ゆで卵やピーナッツなど食べてエネルギーを補っていました。途中、集落の中を貫く道があったり、景色が開ける箇所があったりと楽しんで歩けました。

 

 

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その日は、焼山寺への到着が16時半ごろ。そこから野宿スポットまで3時間かかりました。足の裏は砕けそうになるほど激痛でした。その日は道の駅のベンチで寝ました。 

 

10月3日は、また雨であり、足も痛いので移動せず地元をブラブラすることにしました。

 

寄ったのは、「雨乞いの滝」と「幸福神社」です。服をきたまま滝壺にダイブして川の水に浸かりました。天然風呂です。ものすごく気持ちよかった。

 

 

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この後、温泉施設の休憩施設で寝転んで新聞読んで一日が終わる。この日も道の駅で野宿でした。

 

10月4日は晴れなので先を進みました。徳島市の市街地に戻っていきます。以下のように進んでいきました。途中、別格2番の童学寺にも往復2時間かけて行きました。

 

この日もかなり歩きました。道路をずっと歩いて、アスファルトは足の裏へのダメージが大きいです。山道の土は足の裏に優しいのでまだマシですが。

 

この日は徳島市内のJRの駅に泊まりました。市街地なんだけど駅には人はあまりいないですね。夜になれば静かになります。

 

 

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駅の前には給水所があり、便利でした。水をストックしました。

 

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10月5日は、徳島駅まで歩いて移動した後、最初に行き逃した別格一番の大山寺に行こうと電車で向かいました。電車で板野駅に到着。駅にカバンを置いて荷物を軽くして別格1番に向いました。

 

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この日もたくさん歩き疲れました。地元を歩いていたらたまたま大きな公園に東屋があったのでそこで一夜を明かしました。スーパーで食材買って自炊して食べました。

 

10月6日は神戸に戻りました。スマホのバッテリーが壊れて徳島駅でバッテリー交換しようとも最低一週間かかるということ。疲れたのと服が洗っても臭いので、臭いに耐えられなかったことなど色々理由が重なりました(服の臭いは、ちゃんと洗剤使って洗えばいいんだけどね。コンビニで小さい袋の洗剤が売っている)。

 

 

 

 

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まあ、無理せずに、自分のやりたいペースで旅行は楽しんだらええと思います。

次回は野宿旅行のサバイバル術を話します。

 

 

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お遍路の思い出(1)アル中遍路編

去年の9月と10月のお遍路旅行について書いておこうと思った。

 

昨年のお遍路は、歩きと野宿です。

 

15~20kgのカバンを背負い20~30km歩いていました。

 

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9月のお遍路は、アルコール依存症が再発して酒浸りの状態からスタートしました。一週間くらい焼酎を一日中食らっている酒浸り状態だったが、「お遍路に行って充実すれば酒は止まるはず」と思い出発しました。

 

とりあえず当時は無職で何もヤル気が起こらないので、何かパーッと楽しいことをしようと思いついてお遍路を始めただけなので、計画はほとんどゼロ。バスターミナルで降りて、いきなり目的地への移動の仕方がわからなかった。

 

当初は長期の放浪で行き当たりばったりでいいやと思っていたので。

 

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最初は鳴門市の高速バスターミナルで降りて、一番礼所の霊山寺まで12kmほど歩きましたバスを降りるやいなや近くのスーパーに寄って、カップ焼酎を3個買いぐい呑みしてからスタートしました。アル中全開です。

 

お遍路の礼所の行き方は丁寧に標識などで示されているので、略地図と標識に頼れば目的地にたどり着けます。ただ、手書きの道案内とかは見逃しやすいので注意が必要です。

 

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一番礼所の霊山寺で納経帳を買いました。納経帳は小型のもので2,000円弱しました。これに88ヶ所の礼所で、礼所巡りの証拠として墨書きしてもらいます(300円)。納経した時に納めるお札も買います。納経時間は7時から17時の間です。

 

お遍路は納経でおカネをじわじわ取られ、数珠やらも買わなきゃとか迫られるので、お遍路も完全にビジネスですね。巡礼も資本主義に取り憑かれてしまってます。

 

 

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さてお遍路ですが、1日目は大雨に見舞われていきなり全身ビショビショになりました。

 

霊山寺で雨が止むのを待って2番礼所の極楽寺に17時前に着いて納経して、その日は近くのJRの無人駅で野宿しました。

 

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電車の本数は一時間に2〜3本なのでほぼずっと一人です。人が通ろうとシュラフで寝ていました。

 

とりあえず、翌日は朝早くに目覚めて、起きると同時に焼酎をかっくらいました。2日目もアル中全開でスタートです。

 

お遍路の行程はほぼアスファルトの道です。国道と県道がメインで車も多い。重いカバンを背負っているので足は痛くなります。

 

でも、道を歩いていると周りは畑が多い。畑を見ていたら地域の特産品もわかってくる。鳴門市は鳴門金時などサツマイモが有名だが、レンコンや梨の畑も多くあり、これらの産地でもあるのだなと。歩いているだけで地域特産品がわかります。

 

・レンコン畑

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地方に行くと道路脇に無人の直売所があり、かなり安く野菜や果物を買える。何度か買いました。

 

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さて、歩いているのは楽しかったのだが、コンビニで焼酎パックを買い、ちびちび飲みながら歩いていた。酔は回ってくる。

 

坂道で転んでヒザをものすごく擦りむいた。痛い。この時にカバンの横ポケットに入れていた大事な地図や雨具を落としてしまった。雨具はノースフェイスの3万円のやつだったので、後で落としたのに気づいてかなりへこんだ。

 

とうとうダウンして、道端の喫茶店の前でうなだれていると、近所のおじちゃんが心配そうに声をかけてくれた。そして、僕が動けない様子を見たのか、警察に連絡したようだ。パトカーが来て怖そうな警察官に囲まれた。

 

人生で初めて職務質問をされた。

 

免許証の提示を求められたり、出身地や職業聞かれたり。

 

私は「僕、アル中で酒飲みすぎて動けないんです」と情けなく言った。

 

もう泥酔していたんで記憶が定かではない。警察は僕をパトカーに乗せた。僕はパトカーの中で完全に意識を失った。

 

どこか小さい部屋に連れて行かれて、部屋に入ったとたんに寝転がった。しばらく酔いつぶれて寝込んで、目が覚めた。

 

「ここはどこ??」

 

6畳ぐらいのプレハブ小屋にいた。道路に面していた。その時僕は、「酒が飲みたい」と衝動に駆られた。自分の状況よりも酒を買いに行くことしか頭になかった。

 

アイフォンで徳島県警に連絡して、「僕はどうなったんですか?」「近くにコンビニはありますか?」といきなり聞いた。

 

何を話したかはあまり記憶にない。ただ、電話でコンビニの場所を聞き、すぐさま酒を買いに行った。完全にアル中脳だ。

 

酔いつぶれてまた寝た。

 

朝になって誰か入ってきた。

 

どうやら、この部屋はお遍路さんが泊まるための部屋で一泊500円。管理人が僕のヒザの出血を見て包帯やらで処置をしてくれた。優しい方だ。

 

僕は二日酔いがひどく昼過ぎまでその部屋にいた。

 

13時頃になって、さすがに出発しようと思い、カバンをもって部屋を出た。

 

しかし、また酒を飲み始めた。

 

歩くのが面倒くさくなって、通りがかりの公園の影で寝転んだり、道路の横の影の部分で酔いつぶれて寝てたりした。この日歩いたのは5kmだけだった。何をしに四国に来たんだ??

 

さて、その日は6番礼所の安楽寺の駐車場の東屋の中で寝た。

 

ここは、野宿禁止らしい。後から知った。

 

寺の売店の人からコンビニの場所を聞いており、酒は飲まないでおこうと思ったが、やはり買いに行ってしまった。往復40分くらいかかるのに、焼酎のためならどんな手間でも掛けられるアル中そのものだった。

 

翌日、目覚めたがものすごく体調が悪い。

 

先に進むのも不安感しか無かった。このままでは絶対にアル中でぶっ倒れるなと感じた。

 

助けを求めたくて、寺の宿の人に「救急車呼んでくれませんか」と懇願した。しかし、宿の人たちは奥で話し合っていたようで「遍路は自己責任。下手に遍路さんを助けたら後で面倒なことになる」という旨のことが聞こえた。悲しかった。助けてくれてもいいのに。

 

「救急車は自分で呼んで下さい」と言われ、またしばらく休憩所で休んでいた。

 

救急車を呼んだ経験がない。病院に電話をかけようかかけまいか悩んだ。悩んだ末、今回は遍路をあきらめて神戸に引き返そうと考えた。これは、後から思い出して賢明な判断であった。

 

最寄りのJR駅までかなり遠い。とにかく歩いた。1時間くらい歩いて、スーパーを見つけた。情けないことにまたカップ焼酎を買った。もう飲まないでおこうと思ったのに。スーパーでタクシーの連絡先を聞き。タクシーに乗って最寄り駅へ。鴨島駅という。電車に乗って徳島駅に着いて、そこから高速バスで神戸に帰った。

 

同居人は優しく迎えてくれた。

 

一人では酒を止めることは無理と判断して、かかりつけのアルコール病院に向かった。二日酔いで酒浸りのまま病院に行って、ケースワーカーにスリップ(再飲酒)しましたと言うと、優しく対応してくれた。

 

酒が止まらなかったのは離脱症状のせいだった。アルコールが切れると酒が欲しくなって衝動が抑えられない。離脱症状を抑える薬(ジアゼパム)を病院で緊急処置しえもらい、離脱症状は和らいだ。

 

血液検査をしたところ、GOT1,954など、とんでもない数値を叩き出した。肝臓はボロボロだ。急性肝炎である。後から医者が言ったのだが、完全に入院が必要なレベルだったらしい。

 

 

 

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離脱症状や飲酒欲求には数日悩まされたが、なんとか酒は止まった。

 

9月11日に断酒開始でまだ続いている。

 

断酒が軌道に乗ったから、10月にまた遍路に行けた。

 

次に続く

 

 

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