生きるための思想

市場経済至上主義を批判して、生きづらさをテーマに記事を書きます。金のかからない歩き野宿旅をしたり。ツイッターで思う所をつぶやいてる。メッセージなど→→ haruka.omae@gmai.com

オルタナティブ

もくもく会(居場所つくり)

もくもく会という名のオフ会をやっている。 もくもく会とは、ネット上で「●●日に××(場所)でもくもく会」しますと主催を呼びかけ、指定した場所に行ってもくもくと自分の作業をする会である。 この会は『ニートの歩き方』や『持たない幸福論』など書いたpha…

個性を求められることのしんどさ

以前、恥を覚悟で私の苦しさをブログに書いた。 nagne929.hatenablog.com この苦しみは、私が自己アイデンティティを確立できていないゆえから生じているのだろう。 活動や表現活動がうまくできない、センスがなく他人から反応が薄く自己アイデンティティが…

「何もしない」という究極のオルタナティブ

1.経済活動ができない人間はつまはじきにされる コミュニティという言葉をよく聞くようになった。 今使われるコミュニティという言葉には、人々が孤立しがちな現代において新しい価値観によって人と人とが繋がろうという甘美な意味が匂う。 伝統的な村落や…

遊動生活のススメ

1.定住化による暇と退屈 以前、國分功一郎さんの『暇と退屈の倫理学』(朝日出版社、2011年)のレビューを書いた。 それとも関連させて、今回は遊動生活のススメを書いてみる。 人類は人類は400万年前に誕生してから、長らく遊動生活をおくっていた が、1…

消費社会における暇と退屈。

いつもながら雑文で失礼します。 今回は、國分功一郎氏の『暇と退屈の倫理学』(朝日出版社、2011年)について。 人類はいつから暇を手に入れ、退屈するようになったのか? 現在社会では、暇と退屈が資本によって搾取される。資本主義における暇と退屈との付…

モテる人になりたい!

宮台真司の『きみがモテれば、社会は変わる』は、今の閉塞する日本社会にはどういう人が必要であり、どういう人がモテてほしいかを書いた本である。 今の日本社会では、ひとたび職を失いカネを失うと、人との縁が切れ、孤立してしまう。 カネの切れ目が縁の…

ブラブラして生きていくには

『脱資本主義宣言』で有名な鶴見済さんが3月24日にツイートした内容 「学校や会社に頑張って通って死ぬほど疲弊するか、あるいは引きこもるか。概ねこのどちらかしか選べない現状では、いずれにせよ幸せにはなれない。ブラブラしながらそこそこ生きていくと…

ポスト資本主義を読んで

広井良典(2015)『ポスト資本主義』岩波新書 経済の拡大・成長がもう続かない定常化社会において、我々の働き方や生き方、社会保障はどのようになるべきかという話であった。 現代は、「16、17世紀から続いた「市場経済プラス拡大・成長」としての資本主義…

他人から助けてもらおう

カネを稼げない人は他人から承認されるのが難しい。 カネを介さない関係で、素の自分でも承認してくれる人は貴重な存在です。 私は友達がマジで少ないけど、素の自分で接することができる友人が僅かにいる。私のことを経済的・精神的に助けてくれる同居人も…

居候(ヒモ)の生き方

「居候の生き方」を提起してみたい。(社会学でこういうのに詳しい人いないかな?) 私は、アルバイトをしているが生活はカツカツだ。一人暮らしだったら一瞬でカネは尽きてしまう。居候して何とか命をつないでいる。 ハウス・シェアはお互い家賃などの支出…

ベーシック・インカム

高齢者と若者の貧困層にベーシック・インカムを(朝日の記事)。 www.asahi.com 日本は所得格差が大きいが、資産格差はそれ以上に大きいと広井さんの著書(『コミュニティを問いなおす』)で知った。 相続税率引き上げ等で資産格差を是正し、所得の再分配を…

ありのままの自分で生きたい

頑張りすぎる生き方を私はやめようと思ってる。 精神障害者であることが理由ではなく、自分に正直になって、ありのままの自分でいたいと思うから。 競争したくない。張り合いたくない。意地を張りたくない。 仕事選びでも、やりたい仕事とかはあるが、自分の…

弱さでつながりたい

またもや、頭が重く体調がかんばしくない。 私は、ネット上で自分の弱さを積極的に開示している。 弱さの自己開示が必要だと考えている。 自分の弱さが他人に見られることで、「社会には弱い人もいるんだ」という認識が広まり、マッチョな社会が少しでも弱さ…

エンデのモモ【今を大切にする】

ミヒャエル・エンデのモモから、今という時を大切にすること、人との対話での傾聴が重要であることを学んだ。 ある日、街の古びた闘技場にモモという少女が現れた。モモは闘技場で暮らしていた。街の人びとは最初、興味本位でモモを訪ねていたが、いつしか、…

自分に合う「現実」を紡ぎだす

精神科医の斎藤環は、精神障害者とは「私たちと同じ言葉が喋れなくなった人」だとラカンの解説書で述べていた(*1)。 精神障害者でも社会不適合者でも、フツーの人と同じ行為や話し方ができないのに、無理矢理に自分を社会の方に合わせようと試みるが、やは…