生きるための思想

大学院博士課程を中退してフラフラ生きてる31歳の男です。社会学などの知見をもとに市場経済至上主義を批判して、生きづらさをテーマに記事を書きます(低所得、精神障害、非モテなどの弱者問題)。もともとは韓国で農村移住者を研究してた。金のかからない歩き野宿旅をしている(有料記事ノート https://note.mu/guide)。ツイッターで思う所をつぶやいてる。

少子化は進んでよい

1.「選択の自由」の原則による少子化対策の否定

 

私たちは、子どもが産まれることを良いことであり、少子化は解消されるべき「問題」と捉え、少子化対策は正しいと思っている。

 

しかし、少子化対策として推し進められる子育て支援・両立支援についても「選択の自由」という観点から否定する論がある。

 

セクシュアリティ社会学者の赤川学子どもが減って何が悪いか!』(ちくま新書、2004)である。

 

 

子どもが減って何が悪いか! (ちくま新書)

子どもが減って何が悪いか! (ちくま新書)

 

 

 

選択の自由とは、「してもよいし、しなくてもよい。してもしなくても、いかなるサンクション(懲罰・報奨)も与えられない制度が設計されていること」赤川学、2004、p.136)である。

 

「産む/産まない」は個人が決めるべきといいながら、政府が産む選択だけを支援するとは、どういうことなのか。「産まない選択」をする人が現実に存在する以上、それは「産む選択」に政府が正のサンクション(報奨)、正のインセンティブを与えていることに他ならない。

赤川学、前掲書、p.136)

 

 

この上で、「少子化がもたらす弊害を子ども数を増やすことによって解消するのではなく、子ども数が増えないことを前提としながら、あらゆる制度を、選択の自由に対して中立的に設計していく必要がある」(赤川学、前掲書、p.136-137)とする。

 

さらに、現行の男女共同参画のあり方も、男女が共同生活を行い(典型的には結婚し)、子どもを産み、ともに仕事と家事・育児を分担する「両立ライフ」を特権視していることを問題としている(赤川学、前掲書、p.108)。

 

日本の男女共同参画においてモデルとされる女性の生き方だが、結婚して子どもを産んで、子育てしながら正社員で働くことを理想としていて、そういう生き方へ女性を誘導しようとしている。 ライフスタイルの多様化と言うなら、結婚しない、子どもを産まない、働かない人生も「選択の自由」として同時に提示されるべきなのだ。

 

 

2.少子高齢化社会を前提とした制度設計を

 

少子高齢化が進むことによる弊害は、低成長や年金制度などの破綻があげられる。しかし、それらは現在のシステムが維持できないことを「問題」としており、少子高齢社会を前提としたシステムに変わってしまえば「問題」は消失する。

 

少子化により若年人口(労働人口)が減ると経済規模が縮小するというが、そうならば、市場縮小や低成長を与件とした制度設計をおこなえばよいだけである。いつまでも経済が拡大することを前提としたシステムを見直さないことに問題がある。

 

先進国は、経済の拡大・成長がもう続かない「定常化社会」(広井良典)という状態になっており、地球資源の限界に直面したという工業化の外的な限界、モノがあふれ人々の需要が飽和した内的な限界にも直面しているとされる。

 

 

 

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広井良典は、「定常化」の状態で求められるのは、(1)過剰の抑制、(2)再分配の強化・再編、だとしている。

 

(1)については、過剰生産を見直し労働時間を削減して、今後経済の中心となる福祉(ケア)などの労働集約的な分野に集中すべきとしている。

 

(2)に関連することして、少子高齢化が進めば「現行の」の年金や医療・介護制度は破綻せざるを得ないという。

 

年金制度に関しては、現役世代が負担した年金額を、(基本的には単年度主義で)高齢世代に再分配するという「賦課方式」である現行の制度は少子高齢化によって破綻するが「積立て方式」に転換すればよいという年金学者の指摘もあるし、広井良典『ポスト資本主義』では年金を現役世代の保険料ではなく税金でまかなうことが提起されている。現在は所得格差よりも資産格差の方が大きいとして、土地や金融資産といった「ストック」への課税を強化して、社会保障の財源にあてるべきとされる。

 

 

3.少子化は非婚化・晩婚化によって起こる

 

日本の少子化の主因は非婚化・晩婚化によるというのは人口学における常識である。

 

日本では結婚と出産が強く結びついており、子どもを産んで家族をつくりたいという動機から結婚がおこなわれる。日本では婚外子の比率が2%と先進国では例外的に少なく、結婚の中でしか子どもを産まない。だから「できちゃった婚」(子どもを妊娠したら結婚制度の中に素直に入っていく。現在、4組に1組は「でき婚」)という言葉が存在する。

 

まず、歴史的に見て日本において結婚はすべての人ができたものではない。

 

全員が結婚したのは、歴史的に見ると高度成長期のほんの一時期だけである。

 

一夫一妻制のもと1960年代半ばには40歳時の累積結婚率が男性で97%、女性で98%という「全員結婚社会」が生まれる(上野千鶴子、2013、『女たちのサバイバル作戦』文春新書、p.101)。単婚にもとづく近代家族の完成をみた。

 

重婚が禁止され単婚が法制化されたのは明治民法が制定されてからであった。江戸時代など身分制における社会では、権力者の男性が正妻や側室を集めて後宮(ハーレム)を形成する一方で、女性に縁のない非婚の男性が生まれていた。前近代社会では、男性の生涯非婚率はおよそ二割にのぼったといわれる。庶民でも結婚できるのは家督相続者の長男のみで、次男坊以下は、一生「部屋住み」の独身者として長兄のもとで家内奴隷のような生活を強いられたという(上野、前掲書、p.99)。

 

 

 

 

生涯未婚率(50歳までに一度も結婚したことがない人の割合)は2015年には男性23.37%、女性14.06%まで上がっている(データは国立社会保障・人口問題研究所)。

 

結婚市場はもともと弱肉強食であるが(かつては権力と富、現代は魅力とコミュニケーションがものを言う)、高度成長期のある時期だけ「再生産平等主義」が実現したが、それが長く続かなかった。

 

では、近年の日本の非婚化・晩婚化はどのようにして起きているのだろう。

 

 

4.結婚したくてもいい相手がいない

 

独身者でもほとんどは結婚願望をもっている。女性の場合、「結婚したくてもいい相手がいない」という。女性は今でも専業主婦願望が強く、経済力のある男と出会いたいと思っている。

 

女性が社会進出したから晩婚化が生じているのではない。結婚よりも仕事が大事と考える女性は全体の数パーセントに過ぎない。圧倒的多数は専業主婦を目指しており、「専業主婦として自立できない結婚」には二の足を踏んでいる。「適当な相手がいない」。

小倉千加子『結婚の才能』)

 

 

結婚の才能

結婚の才能

 

 

 

「いい相手がいない」というのは、山田昌弘が『結婚の社会学』(丸善ライブラリー、1996)で示した「低成長+ハイパガミー(女子上昇婚)の結婚難」として説明される。

 

戦後日本の高度成長期において、農家の娘にとって都市のサラリーマンと結婚することは階層の上昇をもたらしうるハイパガミーであった。給料も右肩上がりで上昇していた当時、サラリーマンとなった若年男性は親世代の男性よりも経済的に豊かになることが期待でき、サラリーマンとなる夫の潜在的経済力は実家のそれを上回っているから女性は進んで結婚を選んだ。

 

しかし、バブル崩壊後に低成長に転じると、所得の低下や非正規化が進み、息子の経済力が父親のそれを上回る機会が少なくなる。女性からしたら、経済力が十分でない男性と結婚して生活水準を低下させるぐらいなら、実家で両親と暮らしたほうがましという選択に傾く。

 

ここに、「結婚したいのだけれども、私が結婚したいと思うようないい男がいない」と嘆く(親の経済力が高い)女性と、「誰でもいいから結婚したいけど、自分を選んでくれる女性がいない」と嘆く(経済力が低い)男性とのミスマッチが生まれている。

 

(以上、赤川学『子どもが減って何が悪い!』による山田昌弘パラサイト・シングル論の説明、p.147-148)

 

パラサイト・シングル論では、高度経済成長時代に親世代の女性が階層上昇婚をして専業主婦となり生きてきた経験をしたことで、低成長期に入って片働きから共働きへと経済状況が変化しても、意識は高度成長期のものから変化しづらいことが指摘された。

 

「いったん上昇した期待水準は、状況がいかに変化しようと、なかなか下がらない。その水準を下げるぐらいなら、結婚・出産しない」赤川学、前掲書、p.152)という期待水準上昇効果もあるとしている。

 

実際、2001年に40歳未満の女性を対象に、現在と15歳の頃の世帯の年収について、当時の平均的な世帯と比べてどう認識しているかという調査では、15歳の頃より現在の方が世帯収入のレベルが上昇したと答えた女性に既婚者が多く、子どももたくさん産んでいる。赤川は「実際の世帯収入に差はないにもかかわらず、世帯収入の相対的なレベルが上昇したと認知している女性は、結婚し、子どもをたくさん産んでいる」(前掲書、p.155)とデータを用いて指摘する。

 

さらに、フェミニズム的な立場からは、日本の男性には、女性を人格をもつ人として接することができず、モノとして支配したがるミソジニーに染まった男が多いとうことが結婚難の原因にもなっているだろう。結婚は「(男の)カネと(女の)カオの交換」という意識もまだまだ残っている。

 

 

5.非婚・子なしで何が悪い

 

人類学者のE.トッドは「女性の学歴が上昇すると出生率は下がる」と言っており、さらに、「女性の賃金が上昇すると人口は減少する」というのは人口学では常識であるという。

 

女性が知的・経済的なエンパワーメントを得ると、子どもを産まなくなる。

 

少子化解消のために、右派は家父長制の復権と女性の権利の制限を願い時代を逆行させようとする。

 

リベラルは福祉政策の拡充や男女平等を進め、結婚・出産を促そうとするがますます上手くいかないだろう。

 

赤川は、「女性労働力率の上昇、男性の家事・育児分担、仕事と子育ての両立支援といった男女共同参画的な政策では、出生率回復には効果があるとはいえない」(前掲書、p.92)とリベラルの男女共同参画政策は少子化対策になるかは怪しいとしている。しかし、経済活動や社会活動における男女平等を実現する政策は、それ自身進めればよいし、それで少子化が進むならばやむを得ないとも言っており、私も同じ意見である。

 

私たちは結婚・出産をすることが当たり前だと思っており、税制や社会保障も「夫婦+子ども」という家族単位となっている。

 

 

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しかし、「選択の自由」の観点からも、結婚してもしなくても制度的に差別されないように、井田広行の提唱するようにシングル単位の制度設計をすればいいのである。

 

結婚や出産を迫られることで生き方の自由が制限されるのはゴメンだし、いい相手がいなければシングルでよいのである。

 

少子化で「問題」とされるのは、子どもが減って労働力が減り、現在の資本主義システムを維持できないことである。

 

根本的に求められるのは、今の資本主義システムのあり方を見直すことである。