生きるための自由研究

脱・引きこもりできそうにない半引きこもりです。

しょぼい採取民

 

 

 お金もモノもあまりない人、人からもらったり採取して少しでも生活をよくしたり、人生を楽しんでいこう。孤独な人は知らない人に話しかけて、もらえるものはもらって甘えられるなら甘えよう。できるなら、友だちもつくれたらいいね。誰かに与えてもらって心温まる経験をしたなら、あなたもまた他人に優しくなれるかもしれない。しょぼい採取民になる。具体的には、①山の幸(野山の食べ物)、②街の幸(ゴミ、落とし物)、③人の幸(もらいもの)を利用させてもらう。他に面白いことあれば教えてくださいね。

 

 

1.山の幸

 

 山の幸とは、自然で採れる食べ物だ。野草、木の実、キノコなどである。農村部でなくても空き地や河原、野山でたくさん採れる場所があったりする。徒歩や自転車でブラブラしていろいろ見つけておくのがいい。昨年は秋に野菜が高騰したので近くの山で採れたエゴマで少し節約になった。野生の食べ物をうまく食事の足しにできると、年間5000円〜1万円くらい食費はカットできるのではと思う(もちろん、いたずらな乱獲はやめるべし。その辺の倫理は大切に)。あと、こういう野生の食べ物をあげると喜んでくれる人とかいます。こういうのも人とつながりのキッカケになるね。

 

 野生で採れるものをリストにした。正確ではないけど、どの時期にどんなものが生えるかが分かる。これ、めちゃくちゃ使えると思う。永久保存版ですよ。わたしが数年、あちこちの野山をぶらぶらした経験から作りました。

 

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※ 野山で採れるものリスト。永久保存版だよ。自分の好きな野草とかが採れる時期を図鑑なども使って調べて、表にしておくと便利だと思う。

 

 

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※ 1月前半には近くの山でキノコ(ヒラタケ)を採ったので、炊き込みご飯や鍋で楽しんだ。

 

2.街の幸(ひろい物)

 

 街に落ちているモノや役に立ちそうなゴミをいただく。最近は、路上や公園でライトニングケーブルや耳あてをひろったりした。耳あては寒波の中、重宝した。以前は、残高の残ってるIC★CAをひろったりもした笑。

 

 あとは、街の幸といえば野宿できる屋根のある場所だったりかな。

 

 坂口恭平さんが書いた『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』(太田出版)では、河川敷で暮らす野宿生活のおっちゃんが、街にある色んなものや廃棄物を拾ったりもらったりして、自分の家や生活を成り立たせている実態を書いている。例えば、ホームセンターの要らない資材で小屋をつくり、ソーラーパネルに12Vバッテリーをつないで自家発電して電気製品を使うとか。大量消費社会では使えるモノがどんどん捨てられてゴミになるが、そのゴミも生活の資源となる。これを、「都市の幸」と呼んでいた。本当にすごい。必要に迫られてやっている部分ももちろんあるけど、こんなすごいことはとてもじゃないがみんな真似できない。しかし、しょぼくても、「街の幸」(=都市の幸)を利用して少し生活の足しにできるだろう。

 

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3.人の幸(もらいもの)

 

 人の幸とは、人の好意からもらうモノである。つまり、贈与だ。路上で知らない人からも思わぬキッカケで何かもらえることがある。

 

 自分がもらいものを必要としていることを示していくことが大事だ。お金に困っているのならば、お金に困っていると正直に言う。べつに、嘘をついていないし騙すわけでもない。少しだけ好意に甘えて助けられたい。

 

 

・食事

 路上ではパンとか王将のチャーハンなどもらった。旅をしてる時は、みかんや色んな食べ物をもらえました。

 

 また、奈良に行った際に、路上でお兄さんからカステラをもらった。その後、通りがかりのおばあちゃんと仲良くなって夜の散歩をして、一緒に散歩した神社で野宿することになった。夜中にお腹が空いたけど周りにはコンビニもなく、食べ物も買えなかったが、そのカステラで空腹をしのげた。

 

・お金

 投げ銭をもらう。九州を旅しててあまりお金がないので路上の人に少し恵んで下さいと言ったら、1日に1500円くらいもらった。

 

 また、路上でイラスト展をして少し投げ銭して下さいと言っても、もらえる時がある。わたしに励まされたと言って2000円くらいくれる人もたまにいる。少しだけでもおこぼれをもらえると嬉しい。自分の存在も肯定的に見てもらえるわけだし。

 

 路上でみんなに話しかけてカンパ(お気持ち)を募ったり、絵や食べ物のお礼をもらったり、しょぼいイベントをして、2021年(5月〜12月)は15万円ほどの投げ銭をもらった。

 

 

・モノ

 わたしがたまにやってる路上の居場所や食事会で使えそうなカセットコンロなどを知人からもらった。要らなくて廃棄しようとしてたけど運良くもらえた。

 

 自分があまりにもみすぼらしい手提げカバンしか持っていないからと友人からいいカバンをもらった。メルカリに出せないそうでわたしにくれたそうだ。人と仲良くしてると、お下がりとしておこぼれをもらえることもある。

 

・遊び相手

 一緒にいて、楽しいとか安心していられる人というのは大切だ。友人から年末に食事をご馳走されたり、温泉に連れていってもらった。そういう付き添いで色んなところに行くのも、いい経験になりますね。

 

 路上で会った人で、絵を描いてあげたり交流を重ねたら、この前カラオケBarでご馳走してもらった。楽しい時間を過ごさせてもらった。

 

 

・情報

Twitterで自分の考えを改めたり学びのあるツイートを見る。新しい情報を得る。知り合いから他の人に関係をつないでもらったりとネットワーク拡大もできる。また、知らない土地に行くと、そこの人に情報を聞いて即席の観光もできる。

 

 

◉ 生きづらい中でも、できることからやってみたら?

 

 うまく働けない普通に社会に馴染めない。じゃあ、贈与経済だシェアだと言っても、「素人の乱」の松本哉さんみたいなやり手を見てたら、あんな才能も人脈もないからできないよと諦めモードになる。でも、0か100かという白黒ハッキリの発想ではなく、0から10に、あるいはうまい具合でなくても、小さい達成を評価して楽しんでいければと思う。完全にはできないけど、できるだけやる姿勢でいく。そういう感じでやらないと、しょぼい人はいつまでも無力化されエンパワーされない(むしろ、しょぼくても評価していくことが公正なジャッジでもある)。

 

 新しい知識や技術をみにつけることで解決する発想だけでなく、今あるものや、今とりうることで何かしてみる。手持ちのもので何とかしてやろうといういうのはDIY的な精神ではないかな。

 

 ただ、純粋な贈与というのはそうそうなくて、自分も何か与えたりしてるから、お返し的に何かを頂いたり、何かをしてもらうことが多い(それはモノなど見える形でなく)。自分の行動や態度などもよく見られている。なので、陰徳を積まないといけないようだ。お天道様(世間)はちゃんとあなたを見ている。陰に陽にそういうやり取りを重ねることでレベルアップしていく。レベルアップすると、今度はまたもらえるモノが変化したり、新しい出会いがあったり、より面白い経験もできる。いきなりは何かを得るのは難しいかも。経験を積みレベルアップしないといけない。小さな事からコツコツとである。

 

 「終わりなき日常」の中でも「しょぼい非日常」があればいいですね。