関東の路上で生存権祭りをした
関東に訪問して横浜の路上で野宿イベント(野宿のプロのかとうちあきさんに手伝ってもらう)をしたり、鶴見済さんの居場所に参加させてもらった。また、群馬の方にツイッターで遊びに来てと誘われ、ドライブで森林浴をしてお家に宿泊させてもらい話など聞かせていただいた(交通費の補助も頂く)。今回も投げ銭や寄付をもらって助かった。
交通費などカンパ頂けると訪ねて行って路上で居場所つくりをします。みなさんもご検討を(笑)。
※ 生存権の看板を掲げながらみんなで野宿した。寝そべり族です。
【今回やったこと】
- (10/22)
- 1.ひきこもり一揆@厚生省前
- 2.6090問題を抱えた方の家に訪問
- (10/23)
- 3.生存権まつり&野宿@横浜
- (10/24)
- 4.寿町を少し歩く
- 5.不適応者の居場所(鶴見済さん主催)
(10/22)
1.ひきこもり一揆@厚生省前
夜行バス(3000円)に乗って、早朝に東京に到着した。そこから、厚生労働省前に行って「ひきこもり一揆」と称して、個人単位の生活保障についてアピールした(2019年以来)。ひきこもり一揆をやったらツイッターを見てる方々からお気持ちとしてPayPayで2000円ほど投げ銭をもらった。ちょっとした単発バイトのようなものになった。一揆は大変だから労働みたいなもんだよ、まったく(笑)。
2.6090問題を抱えた方の家に訪問
ツイッターで「東京で何しようかな」とつぶやいたら、群馬の方から「群馬に遊びに来ないか?」と声をかけられた。投げ銭をいただき家に宿泊させてもらう形で群馬に遊びにいった。東京駅から高崎線に乗って田園景色を見ながら移動した。お会いして車に乗せてもらい家に訪問した。60代で働けず90代の認知症の母の面倒をみている。6090問題と言える。地方で家族ごと孤立している状態だ。孤立していて外部の人と話す機会がないため、わたしが訪問していろいろ話せるだけでもかなり助かったということだった。あまり詳しく書かないが、あらぬ疑いをかけられ地域から白眼視されているという。障害や認知症などを抱えた人は身動きがとれず世帯ごと孤立しやすい。さらに、孤立しがちな人にありがちなのは、様々な不運やよからぬ事が重なり厳しい状況に追い込まれてしまうということ。とにかく、精神科も20キロほど離れていて精神状態が悪いと車を運転できず通うこともできない。自助グループやいい相談先もない。地方ほどサービスや補助などが空白状態だという。
とにかく、人と直接会って話したりドライブなどで気晴らしができてよかったと言われた。これも、あまり詳しくは書けないが、システム系の専門職経験があり、暗号など機密関係に強いとう。自分ではやる気力はないが、社会をお騒がせさせるくらいのシステム撹乱の知識などはあるそうだ(そういうヤバイ話を聞きたい方は声をかけてみてくださいと言われたけど・・笑)。ITの大企業からスカウトが来たこともあったが、もう人の下でこき使われてたくないという。世の中には国家秩序を乱すことができる技術をもった人が野放しにされていているようで、社会との不和から困窮していたり疎外されていることもある。そういう人が腹いせで社会に牙を剥かないためにも相応のポストを与えて居場所をつくってあげたり、経済保障をしてなだめておいた方がいいのだろう。個人への生活保障は過激派を減らすから、国家の安全保障への近道ですよねとその方と話したりした(笑)。
※ 群馬を普通電車でぶらり旅できた。写真は高崎駅。
※ 群馬の山や湖畔などにドライブに連れて行ってもらった。
※ JR高崎線では利根川の渓流や風光明媚な田園景色を楽しめた。
(10/23)
3.生存権まつり&野宿@横浜
10/23(土)は群馬から横浜に大移動した。今回の横浜での路上活動は、かとうちあきさんの取り計らいで実現したようなもの。かとうさんは野宿旅のプロで、路上でワイワイしたり歌ったり踊ったりが好きだそうです。デモなどもしている。『野宿入門』など本もある。前に京都の路上でバッタリ会って話したのがキッカケとなって、今回のイベントをするようになった(と思う)。
(豪華なアウトドアではなく、しょぼい野宿をすすめる)
「野宿野郎」編集長(仮)かとうちあきさんと話す「ちょうアウトドアのすすめ」
① 参加者と旅の話をしたり
横浜の関内から続く大通公園の横浜橋商店街のあたりで生存権まつりをやった。最初は一人で通行人に話しかけ投げ銭をもらうことをやっていた。そのうち、かとうさんの知り合いのお兄さんなどがやってきて、くつろいだり話たりした。旅の話や京都のねこあな(変わった人が集まる居酒屋)の話などで盛り上がった。西成のドヤに泊まりながら日雇いで5000円稼ぎながらしのいでいた話を聞いたりした。またどこかで旅の話を聞かせてもらいたい。
また、今回の居場所のことを見て参加していただいた方からは、横浜橋商店街などを案内してもらった。ここ日の出町が海外をルーツにした人が多く住む地域であり、関東大震災時には朝鮮人の虐殺がおこなわれたという話を聞かせてもらった。この地域に今住む人たちも100年前の虐殺のことはほぼ知らないという。わたしもこの話を聞かなければ、地域の事情を知らないまま野宿していただけかもしれない。地域のことに無知なわたしに対して、「あなた、そんなことも知らないのか」とも言わず、快くお話を聞かせてもらったことに感謝します。
③ 路上で生存権まつりと野宿
さて、街をブラブラして帰ってくるとかとうさんをはじめ、みんながワイワイしていた。ここから、路上でみんなで鍋をしたりして夜を過ごし野宿をした。かとうさんの知り合いだけでなく、わたしのツイッターを見て、働かない生き方や社会のことを話せる人にも来てもらった(おみやげありがとうございます)。
さらに、路上を通りがかった人に話しかけたら、生存権や生きづらさについて話ができたり、引きこもりな人とも出会い、しばらく場を共にした。夜更けに歌を歌いながら通りがかったおっちゃんがフラッと立ち寄り、全国を野宿して旅をした話をしてもらった。かとうさんのお店の宣伝にもなったと思う(笑)。また、近くに来たらよろしくです。
※ 夕方前にかとうさん達も来て0円ショップや酒盛りがおこなわれていた。
※ カセットコンロで鍋パのようなもの。お祭りだ〜
※ ツイッターを見て来てくれた方や、たまたま通りがかった人などが入れ替わり立ち替わりで夜中までワイワイした。通りがかって野宿した人もいた。
(10/24)
4.寿町を少し歩く
野宿をした翌朝、路上に来られた方と一緒にドヤ街の寿町を歩いた。その方は寿町で支援職として働いていて、地域のことを少し聞かせてもらった。寿町も西成と同じで高齢男性の単身世帯が多い。生活保護利用者も増えている。居場所づくりが課題になっているそうだ。西成は「夏祭り」などイベントや居場所つくりが盛んで、ドヤ街でも先を行く事例だと話していた。支援者は生活支援が中心となるし、立場上ハメを外してワイワイしたり楽しいことがしにくい。わたしのようなニャンニャン系の人もドヤ街には必要とされるのではないかとも言われた。
5.不適応者の居場所(鶴見済さん主催)
寿町を歩いたあと、鶴見済さん主催の「不適応者の居場所」に途中から参加させてもらった。場所は代々木公園。鶴見さんはもうみんな知っていると思うので紹介はいいでしょう。参加者の人に「生きづらくないですか?」とか、「働くの嫌ですよね」というのが挨拶のように言える場だった(笑)。ジャンルごちゃまぜのゆるい自助グループのような場だと言える。「働けずに金が無いからアイドルを名乗って路上で物乞いをはじめました」と自己紹介しても、面白がってくれる人がたくさんいた。また行って、いろいろ話を聞きたいと思う。
鶴見さんには居場所について話を聞かせてもらった。わたしの話を大変親身になって聞いてもらいありがたかった。鶴見さんがやられている0円ショップは、自分のいらないモノを誰かに贈与することで人との関係性をつくるので、即席の居場所と言えそうだ。そういった「負債」関係をつくることが居場所に重要だという話をしていたと思う。今回は鶴見さんを長時間わたしが独占してしまった(笑)。
会が終わって参加者の人たちと話していたら、わたしのアイドル活動(投げ銭)が見たいということで数人と渋谷駅に行って通行人から投げ銭をもらっていた(笑)。その後、夜行バスで京都に帰った。今回の旅もすごくいい経験になった。
※ 障害、働けない、社会に適合しにくいなど、さまざまな生きづらさを抱えた人が話して交流できる場だった。
※ 過激派のお兄さんにもシノギを手伝ってもらった(笑)。写真は渋谷のハチ公前。